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「通えなくても、諦めないでほしい」──多職種で支える訪問歯科

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祖母に育てられた経験から、訪問歯科の道へ

小川先生が訪問歯科を始めたきっかけは、幼少期の体験にありました。

「親が美術関係の仕事をしていて、父母ともにすごく忙しかったんです。ほとんど祖母に育てられたようなもので、お年寄りが近くにいるという状況がすごく日常的でした」

この経験から、自然と高齢者医療への関心が芽生えたと言います。日本歯科大学を卒業後、東京科学大学(旧東京医科歯科大学)で2年間の研修を経て、「高齢者歯科学」を専門とする大学院へ進学。訪問歯科への道を着実に歩んできました。

訪問歯科でできること、できないこと

小川 綾子先生1

訪問歯科診療では、想像以上に幅広い治療が可能です。口腔ケア、ブラッシング指導、歯科用ユニットを用いた虫歯治療、義歯の作成、さらにはポータブルレントゲン撮影まで対応できます。嚥下内視鏡検査も可能で、鼻から内視鏡を入れて飲み込みの状態を確認し、栄養指導や嚥下リハビリにつなげることもできます。

「基本的には来院されるのとあまり変わらない治療ができます」と小川先生。ただし、埋まった親知らずの抜歯や、心電図などの設備が必要な全身管理が求められるケース、インプラントや矯正などは対応が難しいそうです。

「その方の全身状態によるので、リスクと天秤にかけながら、できる限り整えていく形になります」

患者さんの多様性と地域性

麻布十番という土地柄もあり、患者層は実に多様です。

「生活保護の方もいらっしゃいますし、見たことのないぐらい豪華なところにお住まいの方もいらっしゃいます。すごく幅があると思います」

訪問歯科を利用するのは、通院が困難な方々。寝たきりの方はもちろん、体調が優れない方、障がいのある方など、さまざまな事情を抱えた患者さんがいらっしゃいます。

訪問歯科の費用、実際いくらかかる?

訪問歯科を検討する際、多くの方が気になるのが費用面です。「高額なのでは?」という不安の声もよく聞かれますが、実際はどうなのでしょうか。小川先生に詳しく伺いました。

1回あたりの負担額

「医療保険と介護保険、両方使うんです」と小川先生。負担割合は1割から3割まであり、ケースによって異なります。
具体的な目安として、医療保険1割・介護保険1割負担の方が、自宅で口腔ケアを受けた場合、ドクターと衛生士が2人で訪問すると1回あたり2,000円前後。施設であれば1回1,000円程度とのこと。

「来院に比べれば多少高いとは思いますが、医療保険、介護保険それぞれの負担割合によって変わります」

通院との頻度の違い

訪問歯科の頻度は、患者さんの状態によって大きく異なります。

「自分で歯磨きができない寝たきりの方で、ご家族や介護の方のケアも難しいという方も一定数いらっしゃいます。その場合、外来のように何ヶ月に1回歯石除去のメンテナンスでは追いつきません。必要な方には毎週伺いますし、少しずつ周りの方や本人ができるようになってくれば間隔を空けていきます」

つまり、院内診療よりもやや頻度が多くなる傾向があるものの、ご本人やご家族と相談しながら最適なペースを決めていくスタイルです。

よくある誤解について

「たまに入れ歯がすごく高いと思われている方がいらっしゃいます。『入れ歯を作ると何十万円もかかるんでしょ』と言われることもありますが、『保険で作れば1割負担の方は総義歯でも上下1万円ぐらいでできますよ』とお伝えすると、『安心しましたー…』とおっしゃられるので、とても高いイメージがあるのだなと思います」

麻布十番という土地柄ゆえの誤解かもしれませんが、保険診療でも十分に対応可能なことを知っておくと安心です。

医師・看護師・ケアマネとの連携。訪問歯科を支える「チーム医療」

小川 綾子先生2

訪問歯科は、歯科医師だけで完結するものではありません。医師、看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなど、多くの職種との連携が不可欠です。医科歯科連携の実際について、小川先生の取り組みを伺いました。

情報共有の方法——紙からアプリまで

「医科とは診療情報提供書で、こまめにその時の全身状態や服薬状況、体の調子を教えていただき、歯科からは歯の状況、食形態、嚥下状況などを共有しています。また、最近はMCS(Medical Care Station)という多職種が連携できるアプリがあるんです」

MCSでは、ヘルパーから訪問医まで、その日の患者さんの状態をリアルタイムで共有できます。写真や動画も共有できるため、口腔ケアの方法を動画で伝えるなど、効率的な情報共有が可能になったそうです。

「前はナースさんとかヘルパーさんに直接指導させていただいて一緒にケアすることもありましたが、それに加えてMCSだと動画も載せられるので、その場にいらっしゃらない方にもお伝えすることができます。医師、看護師、言語聴覚士(ST)、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)、ヘルパー、ケアマネージャ―など、その方に関わる全ての職種と情報共有できることが利点です」

また、患者さん宅に置かれた連絡ノートでのやり取りも継続しています。アプリを使わない現場では、このアナログな方法が今も重要な役割を果たしています。

地域密着だからこそできる、顔の見える連携

デジタルツールでの情報共有が進む一方で、小川先生が大切にしているのが「顔の見える関係づくり」です。

「なるべく顔が見えるのが一番いいなとは思います。なかなかお会いできる機会もありませんが、退院カンファレンスやサービス担当者会議に参加できるチャンスがあれば直接お話することができ、スムーズにやり取りが可能です。また、患者さんのお宅で偶然お会いできるときもあり、その時に『あの患者さんはいかがですか』など、短時間でパッとお話しすることもあります」

患者さん宅で偶然、訪問医や看護師と顔を合わせる。そんな何気ない瞬間が、スムーズな連携につながっていきます。

「地域に根付いた診療スタイルは、理想とするところですのでとてもやりがいがあります」

地域密着型だからこそできる、自然な連携。これが訪問歯科の大きな強みでもあります。

口コミで広がる信頼の輪

訪問歯科を始めた当初は、認知度を上げることに苦労したと言います。

「本当にコツコツと。今は車で行っていますが、最初の頃は、歩きやバス、荷物を背負ってシェアサイクルで訪問していました」

しかし、地道な活動を続けるうちに、現場で関わる医療・介護職の間で口コミが広がっていきました。

「少しずつ現地で口コミが広まると、そこに介入している訪問医の先生や看護師さん、ヘルパーさんが『ここいいよ』と他の患者さんのところでも伝えていただいて広まっていきます。ケアマネジャーさんとやり取りしている時に、つながりができてご紹介くださるということが多いですね」

多職種との信頼関係が、新たな患者さんとの出会いを生む。訪問歯科における連携の好循環が生まれています。

患者さんとの関わりから生まれる「心にタッチする医療」

小川 綾子先生3

小川先生の治療理念は「心にタッチする診療」。この言葉には深い意味が込められています。

日野原先生から受け継いだ言葉

「開業前、聖路加国際病院の日野原重明先生という先生とお話しする機会があり、その時に『口の中だけじゃなくて、その先の体、その先の心にタッチする気持ちで診療にあたれば、道を踏み外すことはないでしょう』という言葉をいただきました。その言葉に感銘をうけ、理念にさせていただきました」

義歯で人生が変わる

入れ歯作りが得意という小川先生。義歯によって患者さんの表情が劇的に変わる瞬間を、何度も目にしてきました。

「入れ歯がないと髭も剃れなければ口紅も塗れないんですよ。ふにゃふにゃしてしまうので。しっかりした入れ歯が入るとみんな笑うようになります。歯が見えても恥ずかしくないというか、見せたいっていう気持ちがあるのかもしれません。患者さんにとって大きな変化なんだと感じます」

「はな歯科通信」と演奏活動

患者さんとのコミュニケーションを深めるため、小川先生は「はな歯科通信」を毎月発行しています。スタッフの人柄が伝わる内容で、患者さん宅のペットの写真や、間違い探しコーナーも。
さらに驚くべきは、誕生日の患者さん宅でギター演奏をすることも。

「すごく下手くそで、私ハッピーバースデーしか弾けないんですけど…それでもやはり自分に向けて演奏してくれることはなかなかないようで、とても喜んでくださいます」

まさに「心にタッチする」瞬間です。

自覚症状が出る前に。早期受診の重要性

小川先生が強調するのは、早期受診の重要性です。

「30代以降の人は8割が歯周病と言われています。自覚症状があってもそのうち7割が歯科受診をしていないというデータもあります。やはり、みんななんとなく“かかったら何か始まっちゃいそう”みたいな気持ちがあると思うんですけど…」

自覚症状が出る頃には、すでに抜歯が必要なレベルになっていることも少なくありません。

「定期的に診てもらうことが大事です。早期受診によって長い目で見れば出費は抑えられ、治療期間も短くなり、痛みも少なく、いつまでもご自身の歯で食事を楽しむことができます。これは院内も訪問も同じです」

訪問歯科を検討している方へ

小川 綾子先生4

最後に、小川先生から読者へのメッセージです。

「歯科受診は、まだまだ必要な人が受けていないというのが現状です。怖いという気持ちも分かりますが、気軽に口の中を診てもらうことが大切です。1年に1回でもいいので、チェックも兼ねて受診をおすすめします」

口の中は、ライトがないと暗くて見えにくく、看護師や医師でも歯のことは専門外。だからこそ、歯科の専門家に定期的に診てもらうことが大切だと言います。

「ぱっと見で歯が残ってそうに見える方でも、意外と前歯しかなく、奥歯がない、咬みあっていない、うまく義歯が使えていない、口周りの筋力の低下など、他職種には見落としがちな項目も多いです。食べる食形態や全身状況、どういうリハビリが大事かというのも含めて診られるのは、やはり歯科になります。最期までおいしく食事を召し上がることができるために、思い切って歯科にかかってみましょう」

訪問歯科を受けたいと思ったら、病院に直接連絡しても、ケアマネジャーや主治医に相談してもOK。誰かがつないでくれます。
「怖がらずに」と小川先生。通えなくなっても、治療を諦める必要はありません。訪問歯科という選択肢があることを、ぜひ知っていただければと思います。

訪問歯科は、生活を支える医療の一部

訪問歯科は医療保険・介護保険の範囲で受けられ、自宅なら1回2,000円前後、施設なら1,000円程度が目安です。医師・看護師・ケアマネジャーらとMCSや連絡ノートで情報共有しながら、チーム医療として患者さんの生活全体を支えています。

通えなくなっても、口腔の健康を守る手段はあります。訪問歯科を受けたいと思ったら、医院に直接連絡するか、ケアマネジャーや主治医に相談してみてください。


▼取材協力

小川 綾子(おがわ あやこ)先生 プロフィール
医療法人社団かりん 麻布十番はな歯科 院長
「“お花を見ている時のように、安心して穏やかな気持ちになれる歯科医院”をつくりたい——そんな想いから『はな歯科』と名付けました。歯医者さんが苦手な方でも笑顔で通えるよう、やさしく丁寧な診療を心がけています。どうぞお気軽にご相談ください」
日本歯科大学歯学部卒業後、東京医科歯科大学 歯科総合診療部レジデントを経て、同大学大学院 高齢者歯科学分野へ進学。国立感染症研究所にて虫歯のバイオフィルム抑制物質の研究に従事し、2009年に歯学博士号を取得。審美歯科・訪問歯科を専門とする都内歯科医院での勤務を経て、2017年に麻布十番はな歯科を開業。二児の母としての視点も活かし、子どもから高齢者まで幅広い患者に寄り添った診療を提供している。
日本審美学会、日本摂食リハビリテーション学会、口腔病学会、日本静脈経腸栄養学会所属。食生活アドバイザーの資格も持ち、全身の健康を考えたトータルなサポートを行っている。

 麻布十番はな歯科

医療法人社団かりん 麻布十番はな歯科
医院住所:〒106-0045 東京都港区麻布十番4丁目6−8 3F
電話番号:03-6453-6033
医院HP:https://www.hanadc.jp/
歯科タウン医院ページ:https://www.shika-town.com/f00071555

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