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都会のオシャレさんたち「オフロードなバイク」にみんな乗ってた…なぜ!? かつての「ダートラ」ブームが残したもの

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  • 乗りものニュース
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1990年代、渋谷や原宿といった若者の街では、オフロードレース向けの「ダートラ」仕様バイクが、オシャレなアイテムとして一世を風靡。手の込んだカスタムも流行しました。なぜ、そのようなブームが起こり、そして何を残したのでしょうか。

「陸ダートラ」たちはみんなXRに憧れた

 1980年代初頭に巻き起こったサーフィンブームでは、渋谷や原宿にサーフショップがオープンし、サーフボードやウェットスーツと合わせてファッションなどのアイテムを販売し大ブームを巻き起こしました。その大半はいわゆる「陸(おか)サーファー」でしたが、90年代になると、似たような現象がバイクシーンで起こり「陸ダートラ」なる人々が増えました。

Large figure1 gallery11990年代、渋谷や原宿に何故かダートラ(ダートトラッカー仕様)のバイクが行き交った時期があった(画像:ホンダ)

 サーフィンブームの中で海に行き、サーフィンに取り組む人は数割程度で、大半はファッションや嗜好だけをなぞる人たちでした。本物のサーファーたちからは「陸サーファー(海に入らないで陸にいるだけ)」と揶揄されるなど、本来の「サーフィン浸透」とはやや異なる格好のブームでした。

 そして90年代には、おもにホンダのFTR250、ヤマハのTW200などをベースにしたダートラ仕様のバイクブームが巻き起こります。

「ダートラ」とはアメリカのバイク、クルマのシーンで古くから伝わる「ダート・トラック・レース(フラットトラック・レースとも)」の略称。土を固く敷き詰めたラフなフラットコースをブンブン駆け巡る荒っぽい草レースを出自としたもので、日本のバイクシーンでは馴染みの薄いものでした。

 アメリカのダートラシーンの象徴的モデルがハーレー・ダビッドソンのXR750(1972年)。そのスタイルは後のダートラ仕様のバイクにも強い影響を与え、後述の日本のダートラブームにおいても、XRの影響を受けたカスタムが多く生まれることにもなりました。

ヤマハのSRの対抗馬に、日本初のダートラモデルを発売したホンダ

 1979年よりアメリカのダートラレースに参戦したホンダでは、1982年に日本初のダートラ仕様モデル・FT400(FT500)をリリースします。当時はまだ国内でダートラが知れ渡っていたわけではありませんが、FT400(FT500)のリリースに際しては“意外な思惑”が隠されていたという声が少なくありません。

 それは、同じころ、1979年にヤマハから登場したSR400(SR500)の意趣返しという説です。SR400(SR500)は当初、絶大な販売台数を誇ったわけではなかったものの、「中排気量のシンプルな単気筒のバイク」として、業界では大きな注目を浴びていました。

ファッション的に完敗してもレースは強かった!

 ホンダにしてみればSR400(SR500)に注目を奪われるなか、「えーっと何だっけ?SR? でも君たちは知らないよね? 真の男のバイク。アメリカのダートラを!」といった当てコスリも含めて、あえてSR400(SR500)と同じビッグシングルにして、ダートラ仕様のモデルをリリースしたように感じます。

Large figure2 gallery9正確にはダートラモデルではないものの「アドベンチャーモデル」という触れ込みでFTR250にぶつけるようにヤマハもTW200をリリース。1987年(画像:ヤマハ)

 今見れば、FT400(FT500)のルックスはカッコ良くも映りますが、当時のバイク市場では意味不明に映ったのか1985年までの3年ほどで生産終了。同排気量のシングルではSR400(SR500)に完敗する格好になりました。

 ただし、FT400(FT500)はアメリカのダートラレースでは好成績を記録します。これを受けホンダは、さらに一般にも乗りやすく改良したFTR250を1986年にリリース。外観は潔くダートラレーサー風に寄せ、ボディにゼッケンがつき、角目のヘッドライトやメーター類は「いつでもレース仕様にできるように」と脱着を可能にした斬新な仕様でした。

 しかし、「徹底したダートラモデル」へ振り切ったことが裏目に出て、「角目がダサい」と販売が低迷。このFTR250も1989年まで3年間の生産という短命に終わります。

 ここで意外な一手に出たのが、またヤマハでした。FTR250が登場した翌年の1987年に、TW200というリアにバルーンタイヤを履いたダート仕様車を発売します。

 TW200は厳密にはダートラレース仕様を謳っていませんでしたが、フロント周りはFTR250同様の角形ヘッドライト。この時期のヤマハによるホンダへの当てコスリを感じますが、TW200も前例のないスタイルのバイクだったこともあり、著しいヒットには至りませんでした。

 いったんここまでを振り返ると、日本におけるダートラはそもそもが「陸ダートラ」状態で、そこまで浸透するには至らなかったわけです。しかし90年代に入ってから、以前は不人気のマイナー車種だったFTR250やTW200に俄然、注目が集まるようになります。

スカチューン、ロンスイ、スパトラの「陸ダートラ」たち

 1980年代後半、SR400によって「おしゃれにバイクにまたがる」層が増えた感がありましたが、当時はあくまでもイギリスのカフェレーサースタイル。そうではなく、軽いアメリカンスタイルを好む若者たち……いわゆる「アメカジ」「渋カジ」といったファッションを好む層に、FTR250やTW200がジワジワとウケ始めたのでした。

 当初から目利きのショップではすでに両モデルのカスタムを始めていましたが、決定的だったのは、東京・杉並にあったカリスマショップ「モトショップ五郎」が手がけたカスタムでしょう。

 バッテリーレス化などを行い、あえてエンジン周りをスカスカに見せるカスタム・スカチューン、リアのスイングアームを伸ばしたロンスイ仕様、スーパートラップマフラーへの変更などが定番でした。こういったカスタムを施したFTR250やTW200が、渋谷・原宿を行き交うようになり、ファッション誌などでも多く取り上げられ、一大ダートラブームの様相を呈しました。

 このブームの影響を受け、2000年にはホンダがFTR250をリサイズし、FTR(223cc)としてリリース。オリジナルのFTR250で不人気だった要素を極力やめて、他モデルとの共用パーツをできるだけ多く使ったモデルでしたが、ダートラブーム終焉後も一定の支持があったようで、2016年まで生産が続きました。

 一方のTW200は、人気テレビドラマで扱われるほどの「若者カルチャーの象徴」的な一時台を築きながらも、2008年に新基準の排気ガス規制へ適合せずそのまま生産終了。空前のダートラブームを担った2台は、こうして姿を消しました。

少ないながらも日本に生まれたダートラレース場

 本物のアメリカのダートラをよく知る人、愛する人にとっては、日本でダートラの認知が広まりつつも、結果的には「陸ダートラ」ユーザーだけを増やしてブームが去ったことは、嘆かわしく思うかもしれません。

 ただし、本場アメリカでのレース参戦当初から、ダートラには深い思い入れを持っていたホンダは、ダートラブーム真っただ中の1997年を皮切りに、2012年まで栃木の「ツインリンクもてぎ」に設置したダートラのレースコースで、クラス別のレースを行っていました。

 以降、各地にもダートラのコースを持つレース場が少ないながらも登場。静かにダートラ愛好家を産むことになったのも、経済的にみれば、あの「陸ダートラ」ブームがあった影響が少しはあるように感じます。

 今見てもなかなかカッコ良いダートラ仕様のFTRやTW。これらの中古車をカスタムして、本当のダートラレースに参戦するユーザーが増えてくれると良いなと思います。

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