「グラマン」て飛行機じゃないの!? 意外な自動車関連メーカー5選 じつは普段使いの物も
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航空機メーカーのグラマンやメッサーシュミット、製薬会社の第一三共、オーラルケア用品のサンスター、そして電気通信機器のノキア。一見すると自動車やバイク製造とは無関係の会社に思われるかもしれませんが、すべて関連企業です。
最近までトラック造っていた軍用機の名門企業
部品製造を含む自動車産業は裾野が広く、専業メーカー以外にも意外なメーカーが携わっていることがあります。今回はクルマやバイク、自動車部品を製造している意外な企業を紹介して行きます。
グラマン(現:ノースロップ・グラマン)
古くは第2次世界大戦で活躍したF4F「ワイルドキャット」やF6F「ヘルキャット」、映画『トップガン』などで人気を博したF-14「トムキャット」などを手掛けた軍用機メーカー・グラマン(現ノースロップ・グラマン)は、1946年から2004年まで「グラマン・オルソン」のブランド名で郵便配達や小口輸送に使う商用バンのほか、バスや消防自動車(1990年代中頃まで)などを製造していました。
アメリカ海軍の傑作艦上戦闘機であるF-14「トムキャット」。開発・製造はグラマン(現在のノースロップ・グラマン)である(画像:アメリカ海軍)。
グラマンが商用バンを製造したのは、ニューヨーク州のシボレー販売店の経営者だったウォルター・ハインガードナーと、彼の友人でニューヨーク州酒類管理局長官だったジミー・オルソンが、グラマン創業者のひとりであるシェイク・スワーブルに企画を持ち込んだことがきっかけでした。同社の自動車はGM(ゼネラル・モータース)からエンジンやギアボックスの提供を受けており、それに自社開発のボディを組み合わせていました。
しかし、2003年にグラマンは大手トラック架装メーカーのモーガンに事業を売却し、自動車製造から撤退しています。
えっ、メッサーシュミットの乗用車!?
ドイツの名門メッサーシュミット社も、かつて乗用車を開発・製造していました。
メッサーシュミット(現:EADSドイツ)
メッサーシュミットといえば、レシプロ戦闘機のBf109やMe110、世界初の実用ジェット機Me262などの軍用機をイメージする人が多いでしょう。1923年にウィリー・メッサーシュミットによって設立されたこの会社は、第2次世界大戦中はドイツ空軍に多数軍用機を供給し、戦後は民間機製造のベルコウ、造船大手であるブローム・ウント・フォスの航空部門を吸収してメッサーシュミット・ベルコウ・ブローム(MBB)となり、Bo105や川崎重工との共同開発によるBK117などといったヘリコプターを製造していました。
その後2000年にヨーロッパ最大の多国籍航空宇宙企業EADS(ヨーロピアン・エアロノーティック・ディフェンス・アンド・スペース)へ参画したことで、防衛関連企業のEADSドイツに改名しています。
メッサーシュミットは、終戦直後は米英ソ仏などの連合国から航空機製造を禁止されたため、戦後の一時期は糊口を凌ぐため「カビネンローラー」(キャビンスクーター)と呼ばれる前3輪・後1輪の軽便車を製造していました。「KR200」に代表される同社の三輪自動車は、戦後のヨーロッパで安価な移動手段を求めていた人々に受け入れられましたが、1960年代に入るとコスパの良い小型大衆車に人気を奪われ、採算が悪化したことから1964年に生産を終了。その4年後に本業である航空産業に復帰しています。
三共(現:第一三共)
1930~1950年代にかけて日本の大型バイクの代名詞的存在だった「陸王」を手掛けていたのが三共内燃機(のちに陸王内燃機に改名)です。ちなみに、旧日本軍が使用した九七式側車付自動二輪車も、「陸王」のオートバイをベースに開発されています。
1955年にメッサーシュミットが発表した「KR200」。戦後の欧州で安価な移動手段を求めていた人々に人気を博した「キャビンスクーター」のひとつ(画像:パブリック・ドメイン)。
メーカーの三共内燃機は、そもそも、戦前にハーレー・ダビッドソンの輸入販売を手掛けていた製薬会社の三共が事業多角化の一環として興したグループ会社です。なお、「陸王」はハーレー・ダビッドソンから正式にライセンスを得て生産されたモデルで、構造的にはハーレー・ダビッドソン「モデルVL」に準じたものとなっています。
しかし、第2次世界大戦が終わると大排気量の大型バイクの需要が減少した影響で「陸王内燃機」の経営は急速に悪化します。昭和飛行機の資本参加を受けて「陸王モーターサイクル」として1949年に再建されますが、そのころにはオートバイの人気は中・小型車に移っていました。それを受けて「陸王」も小排気量車を開発しますが、人気を回復することができず、1960年に倒産しました。
携帯電話の有名企業がタイヤを製造?
同じ社名ながら、乗りもの好きと一般人では思い浮かべるものが全く違うというものも多々あります。
サンスター
歯磨き粉や歯ブラシなどのオーラルケアで有名なサンスターは、1932年に創業者の金田邦夫が自転車チューブ用のゴム糊を製造する金田兄弟商会を起こしたのが起源です。戦後、同社は金田軽金属チューブ工業所(同年、金田金属工業へと改組)として再スタートすると、自転車部品を製造する傍らで、金属チューブ容器を作り始めます。その後、これに練り歯磨きを充填し、「サンスター歯磨き粉」として売り出したところ大ヒット商品となりました。
1950年に複数の企業が結集し、サンスター株式会社が設立されますが、1954年には事業収支を明確化する目的で自転車部品の生産部門が独立してサンスター技研が発足。1960年代からは自転車用だけでなく、スプロケットやチェーン、ディスクローターなどのバイク用部品の製造にも着手しています。
サイクリストやライダーからは二輪の部品メーカーとして知られているサンスターですが、そのルーツは歯磨き粉や歯ブラシを製造する同名の企業というのは、意外なのではないでしょうか。
ノキア
携帯電話などで有名な、フィンランドの大手電気通信機器・施設メーカーのノキアも自動車関連の部門を持っている意外な企業のひとつです。同社が手掛けていたのは自動車用タイヤで、「ノキアンタイヤ」のブランド名で製造していました。
フィンランドの大手電気通信機器・施設メーカーの「ノキア」は「ノキアンタイヤ」のブランド名でタイヤも製造している。1988年に通信事業に注力するため分社化されたが、それまではタイヤ製造はノキアの主力事業のひとつだった(山崎 龍撮影)。
もともと同社は1865年に製紙会社としてスタートし、1898年からはゴム製造業へ参入します。そして、1932年から自動車用タイヤの製造を開始しました。電気通信事業に注力するため、1988年にタイヤ部門は分社化されましたが、同社が電気通信事業に本格参入するのは1970年代のことなので、それまでタイヤ製造はノキアの主力事業のひとつでした。
北欧というお国柄もあって「ノキアンタイヤ」はウィンタータイヤに定評があり、売上のじつに7割がリプレイス用のスノータイヤとなっています。日本では2017年から阿部商会が輸入販売を行っており、取り扱いのある全国のタイヤ専門店で購入が可能です。
1990年代から2000年代にかけて日本でも携帯電話が人気となったので、同社は日本国内でも比較的知名度の高いフィンランド企業ですが、そのような通信機器メーカーがタイヤ事業も手掛けているのは、案外知られていないでしょう、
ちなみに、携帯電話部門は2013年にマイクロソフト傘下となっていますが、現在でもノキアブランドでスマートフォンが販売されています。
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