西野カナ「会いたくて震える」からはや10年 若者の恋愛ソングはさらに「軽~く」なっていた
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西野カナと、瑛人・りりあ。の違い
「会いたくて 会いたくて 震える」という歌詞が印象的な西野カナの楽曲、その名も「会いたくて 会いたくて」が発売されたのは2010年5月。若者の恋愛ソングの代表のように語られてきたこの曲も、発表からすでに10年がたっているというから驚きです。
恋愛ソングは、いつの時代も若者に人気のジャンル。皆さんも、甘酸っぱい青春を思い出す懐かしの曲がひとつやふたつ、あるのではないでしょうか。
Z世代(1996~2012年に生まれた若者たち)の流行や価値観について調査・分析している私たち「Z総研」は今回、東京などに住むZ世代の女性50人に対して恋愛ソングにまつわる定性調査を行いました。
アーティストとして最も多かった回答はofficial髭dismですが、票はかなり割れていてMrs.GREEN APPLEやTWICE、中には中森明菜と答える女子も。Z世代の趣味嗜好(しこう)が多様化していることをあらためて感じさせる結果となりました。
一方、SNSから人気に火が付いたアーティストや曲名がいくつも挙がったのは、この世代の特徴と言えるかもしれません。
代表的なのが、23歳のシンガー・ソングライター瑛人(えいと)の「香水」と、顔を隠して活動する、りりあ。の「浮気されたけどまだ好きって曲。」です。この2曲に共通するのは、若者に人気の動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」がヒットのきっかけになったこと。
どちらもアコースティックギターのシンプルな音に乗せたメロディーラインが特徴的で、隙なく作り込まれた前述の「会いたくて 会いたくて」と比べれば、かなり肩の力が抜けた、その分聴き手により身近な印象を与える楽曲になっています。
TikTokの世界観とマッチ
もちろん、ソニーミュージック(千代田区六番町)という大手レーベルにプロデュースされた西野とこのふたりを一概に比べることはできませんが、このふたり・この2曲が今の若者から支持を集める理由は、やはり「TikTokとの相性が良い」という点にあるように筆者は考えます。
TikTokといえば、皆さんもご存じの通り音楽に合わせて口パクをしながらダンスを踊ったりポーズを決めたりする(リップシンク)動画の投稿が多いSNS。瑛人やりりあ。の曲は、小気味のいい軽やかなリズムや韻を踏む歌詞、それからアンニュイでセンチメンタルなムードが、TikTokの世界観とマッチしたのでしょう。
「おしゃれでチルい(くつろいだ様子を表す若者言葉)から」と、好きな理由を語る女子もいました。
若者の日常に浸透する「SNS」
TikTokに限らず、SNSが若者にとって欠かせない日常の一部になっている様子もまた、この2曲から読み取ることができます。
瑛人の「香水」の歌い出しは、
「夜中にいきなりさぁ いつ空いてるのってLINE」
りりあ。の「浮気されたけどまだ好きって曲。」には、
「匂わせのストーリーが更新」
「今日もあたしからのLINE」
「既読のつかないままのLINE」
という歌詞が登場します。
この「ストーリー」というのは、Instagramにある24時間で消える短尺(たんじゃく)動画機能のこと。また「匂わせ」とは、画像や動画の投稿で特定の誰かとの親密な関係をさりげなく示唆することで、SNSを常用する若者にとってはどちらも日常用語のひとつです。
「トレンディーな小道具」ではない
このように、制作当時の流行ツールを歌詞に入れ込む楽曲は過去にもいろいろ発表されてきました。例えば1993(平成5)年発売の「ポケベルが鳴らなくて」。
ただこちらは、同年に放送された日本テレビ系同名タイトルのドラマの主題歌であり、秋元康氏が作詞を手掛けたことからも分かるように、大手レーベルからCDを出していた西野カナ同様、より作り込まれた作品。その点においては、瑛人やりりあ。とは一線を画す存在といえそうです。
若者が若者自身の感覚で書いた詞という意味では、1999(平成11)年に当時16歳だった宇多田ヒカルが発表したシングル「Movin’ on without you」に近いかもしれません。
「夜中の3時am 枕元のPHS 鳴るの待ってる バカみたいじゃない」
と語る歌詞は、“大人”(=プロ)の作詞家やプロデューサーが作り込んだ世界観とは異なり、若者の等身大の体験を歌っているという点で、瑛人やりりあ。との共通を感じさせます。
「トレンディーな小道具」としてではなく「日常に溶け込んだアイテム」として、ごく何気なく歌い込む――。こうした歌詞世界もまた、若者の共感を得るひとつの理由なのかもしれません。
「病みソング」という不動人気ジャンル
さて、ここまで例として挙げた5曲――「会いたくて 会いたくて」、「香水」、「浮気されたけどまだ好きって曲。」、「ポケベルが鳴らなくて」、「Movin’ on without you」は全て、図らずも失恋や悲恋を歌った恋愛ソングでした。
人は楽しい恋愛をしているときに聴く曲よりも、悲しい気持ちに寄り添ってくれる曲の方が、より強い「共感」を覚えるのかもしれません。
そうした「悲恋系」の恋愛ソングの中でも独特の人気を集めるジャンルがあります。「病みソング」と呼ばれるものです。
「歌うとストレス解消になる」
その名の通り、つらい恋などによって気持ちが“病んで”しまったり内省的になってしまったりした心情を歌った曲のことで、ネガティブな歌詞が多い分、万人受けはしづらい一方、好きだと感じる人からはとりわけ強い「共感」を得る傾向があるようです。
Z世代への調査でも、「自分の気持ちを代弁してもらっているような気持ちになる」といった感想が寄せられました。
すでに例に挙げた「浮気されたけど~」もそうですが、もう1曲Z世代から強い支持を集めたのが、今や若手トップアーティストのひとりへと飛躍を遂げた、あいみょんの2015年のインディーズデビュー曲「貴方解剖純愛歌~死ね~」でした。
タイトルからも分かるように非常に衝撃的な歌詞が並ぶ半面、ノリの良いアップテンポなメロディーが心地よく、Z世代には
「このリズムでこの歌詞を歌うとストレス解消になる」
といった意見もありました。
ちなみに、現在20代後半の筆者が高校生だった約10年前に人気だった「病みソング」といって思い出すのは、今も第一線で活躍するRADWIMPSの「me me she」や「ふたりごと」です。
今人気の「香水」や「浮気されたけど~」と比べると、当時人気だった曲の方がより内省的でちょっと“クサイ”歌詞のように感じるのですが、いかがでしょうか。
本稿前半でも触れた通り、昨今の若者は気張り過ぎない、絶妙な肩の力の抜き方をよく知っているのかもしれません。
万人がクリエーターになる時代
あらためて強調しますが、今の若者にとって恋愛ソングにおいてもSNSは切っても切り離せないツール。つい先日は、あるTikTokユーザーが「キュンです」という流行ワードを生み出し、そのワードを題材にした曲まで誕生しました。
りりあ。の「浮気されたけど~」には、こんな歌詞も登場します。
「嫌いな人も 過去の話も 全部(君と)共有してたのに」
あらゆる情報が共有され、万人がクリエーターになり、恋愛ソングをはじめ新たなコンテンツが次々と生み出されるSNS。その世界では今この瞬間も、次世代のトップスター候補たちが萌芽(ほうが)の時を今か今かと待ち望んでいるのです。
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