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「ほぼ垂直に突き刺さる橋」なぜできた? そそり立ち度MAXの可動橋 鉄道ないのに踏切も

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  • 2021年03月04日

高知県香南市の手結港可動橋は、約30mの高さまで道路がほぼ垂直に立ち上がり、下の水路に船舶を通す構造になっています。とはいえ、橋を渡れるのは1日わずか7時間ほど。そのような可動橋は、なぜ建設されたのでしょうか。

山崎賢人さんの「なんだこりゃぁぁぁぁ!」で有名に

「垂直に突き刺さる橋」、そのような呼び名でテレビCMに登場し、話題となった橋が高知県にあります。

 架かっているのは、高知平野のほぼ東端にある「手結(てい)漁港」(高知県香南市夜須)の入口。全長は約32m、歩いても1分とかからず渡れる小さな橋です。ただ下を船が往来するため可動橋となっていて、1日のうち数回は、道路・歩道が橋桁ごとゆっくり跳ね上がっていきます。ほぼ垂直に、港へ突き刺さるようにそそり立つ「アスファルトの壁」の迫力たるや、圧巻のひと言に尽きます。

 この「手結港可動橋」が建設されたのは2002(平成14)年のこと。橋桁が跳ね上がる跳開橋(ちょうかいきょう)は全国にいくつかありますが、この橋は短いこともあって、橋桁の一方だけが跳ね上がる「片側跳開橋」という方式を採用しています。このため跳ね上がると、道路がアスファルトの壁となって正面の景色をふさぐ一方、向こう岸から見ると、さっき目の前にあった橋が忽然と消えるなど、どちらから見ても数分で目の前の景色を激変させるのです。

 場所的には国道や香南市の中心街から離れており、「知る人ぞ知る」存在だったこの橋ですが、2016年に放映されたダイハツの軽自動車「キャスト アクティバ」のCMに登場し、俳優・山崎賢人さんの「なんだこりゃぁぁぁぁ!」という叫び声とともに全国へ知られるようになりました。

Large 210301 tei01跳ね上がった手結港可動橋(宮武和多哉撮影)。

 さらに特徴的なのが、橋の両端に設置された「踏切」です。開閉の数分前からカン・カン・カン……と警告音を鳴らして車の通行を遮断します。遮断棒などの仕様は一般的な鉄道の踏切と変わらないものの、「一時停止」と表示されている看板の表示が「可動橋注意」となっているなど、ここならではの要素もあります。

 ちなみに可動橋の1kmほど北側を通過する土佐くろしお鉄道のごめん・なはり線(阿佐線)は、高架とトンネルで構成されており、この可動橋の「踏切」は、周辺(香南市夜須町)では唯一の存在。取材時は自動車学校の教習車が訪れ、教官が生徒に土佐弁で「まあ知らんことはないろうけんど、これが『踏切』やきね」と、一時停止の仕組みなどを教えていました。

渡れるのは1日7時間だけ なぜ造られたのか

 この橋、開閉が行われるのは6時30分から18時までのあいだで、漁船の出入りが多い深夜・早朝は開いたままとなっているため、車が通れるのは日中のわずか7時間ほどです。それでもなぜ、橋はこの地で必要とされたのでしょうか。

 山脈が海の手前まで迫る手結港の周辺は、横に長い高知平野の東の端でもあります。もともと天然の入江がないうえに、西側から流れて来た漂砂が堆積するため、大規模な築港にはかなり不向きな場所でしたが、周囲に大きな港がなかったともあり、土木工事の名手として知られる土佐藩家老・野中兼山の指揮のもと、1655(明暦元)年頃に現在の「内港」が完成しました。

 これは「日本初の堀込港(陸地を掘り込んで作った港)」ともいわれ、現在でも当時の港には数十隻の漁船が停泊しています。しかし港の外周の道路があまりに狭く、いまも軽トラック1台のすれ違いすら難儀するほどで、沿道には「無断駐車・駐船禁止区域」の看板が立っています。また、背後にそびえる山の斜面もびっしり住宅が密集しているように、この道路以外に平地がなく、道路拡張は望めませんでした。

Large 210301 tei02可動橋の下は2mの高さ制限。小型漁船でも通過が難しい(宮武和多哉撮影)。

 一方で、漁船が大型化していくにつれ、その停泊設備として内港の南東に大規模な外港のほか、卸売市場なども次々と建設されました。「最新の設備が集積する南東側」と「市街地や国道の入り口がある北西側」を結ぶため、内港の入り口への架橋が必要でしたが、現行道路の拡張や大規模な架橋は土地がなく不可能。これら課題を解決するためにコンパクトな可動橋が建設され、漁船の出入りも確保されたのです。

 なお手結港は、高知県民が熱烈に愛するといわれる「どろめ」(カタクチイワシの稚魚。「ぬた」とよばれる葉にんにくの味噌だれをかけて生食する)の水揚げ港としても有名です。可動橋を渡れる短い時間のあいだに、生だと1日も持たない「どろめ」などの海産物を積んだトラックが港の卸売市場から街の中心部へ集中的に行き交います。橋を渡れなかった場合は、内港周辺の狭隘な道を慎重に通るか、南側にある「手結岬」周辺への遠回りを余儀なくされるそうです。

もともと手結は「海水浴場の街」「峠越えの街」

 現在では、この可動橋が有名な手結地区ですが、もともとは高知県内随一の規模を誇る「手結海水浴場」(現・海の公園「ヤ・シィパーク」)がある場所として知られていました。地元の方によると、高知県東部に住む人の多くは、遠足や臨海学校など何らかの形で手結を訪れたことがあるのだとか。

 この海水浴場の周辺にある広大な駐車場は、実は鉄道の廃線跡です。1974(昭和49)年に廃止された土佐電気鉄道(現・とさでん交通) 安芸線の手結駅があった場所で、海水浴シーズンには高知市内からの臨時列車で賑わったといいます。

 前出した土佐くろしお鉄道 ごめん・なはり線は、この安芸線の廃線跡を一部で利用して2002(平成14)年に開業。このとき手結地区の最寄りとなる夜須駅も開業し(旧安芸線の夜須駅とは位置が異なる)、駅前に整備された「道の駅やす(ヤ・シィパーク)」では、可動橋の向こうから買い付けてきた新鮮な海産物が人気を集めているそうです。

Large 210301 tei03可動橋は少し離れた夜須駅の近くから見ても目立つ(宮武和多哉撮影)。

 このほか、手結港の背後にある手結坂(ていざか)は、坂本龍馬や幕末の志士が幾度となく越えた記録が残る峠です。かつては数軒の茶屋があり、うち1軒には、明治期の「佐賀の乱」で敗北した政治家・江藤新平が逃亡中に立ち寄ったとも。江藤はここで、現在も地域の名物となっているあん餅(手結山の餅)を、あまりの美味さに何個も平らげ、お盆の下に巨額の紙幣を置いて去ったことで足取りを掴まれたとも伝わっています。茶屋の1軒は現在も残っており、逃亡中の江藤がそこまで夢中になった味を確かめにいくのも良いのではないでしょうか。

 峠の高台から手結港を眺めてみると、漁師町の真ん中に突き刺さる可動橋がことさらに異彩を放っています。

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