失意のうちに日本を去った「元JRの最新高速船」が“韓国”でデビュー! “日本船だらけ”の中を本気走り!?
- 乗りものニュース |

紅白カラーで再デビュー
韓国船社パンスターグループの新クルーズ船「パンスターグレイス(PANSTAR GRACE)」(2582総トン)が、2025年11月から運航を始めました。現在は釜山港周辺を巡る2時間程度の周遊クルーズに投入されており、日本から乗船の予約をすることもできます。
パンスターグレイス。後ろはRORO船のIRIS。どちらも日本から売却された(深水千翔撮影)
この船はもともと、博多(福岡市)と釜山を結ぶ国際航路に就航し、2025年春にパンスターへ売却されたJR九州高速船の「クイーンビートル(QUEEN BEETLE)」です。新天地で再デビューを果たしました。
「クイーンビートル」はJR九州高速船が博多―釜山航路で投入する新鋭船として、豪オースタルが建造し、2020年9月に引き渡されました。日本では珍しいトリマラン船型(三胴船)を採用し、「高速船から客船に生まれ変わる」をコンセプトとした内外装のデザインは工業デザイナーの水戸岡鋭治氏が手掛けています。
しかし、時はコロナ禍真っただ中。クイーンビートルは思うような運航ができない状態が続きました。釜山航路での運航を再開した後は、JR九州高速船による“浸水隠し”などの一連の不正が明るみに出ます。結局、JR九州は同船を売却し、高速船事業から撤退しました。
日本では短命に終わった赤いトリマラン船に、今回乗ってきました。
「パンスターグレイス」は釜山港の沿岸旅客ターミナル(釜山広域市中区中央洞)を拠点に運航を行っています。座席数は502席。1階にスタンダード、2階にビジネス、ファーストクラスの座席がそれぞれ置かれています。
筆者が乗船したのは同ターミナルを11時に出港する「釜山東海沿岸クルーズ」です。多くの船がひしめく釜山港や、造船所とコンテナターミナルなどの迫力ある風景、そして五六島(オリュクト)周辺の自然を明るい時間帯に船上から楽しめます。
沿岸旅客ターミナルで乗船手続きを済ませると、すぐ目の前にこれから乗る「パンスターグレイス」が現れます。「クイーンビートル」時代のカラーデザインは赤がメインでしたが、「パンスターグレイス」では紅白の二色に塗り分けられており、だいぶ異なる印象を受けます。
船内の各所にあしらわれたロゴは全て変わっていましたが、基本的なレイアウトは変わっておらず、かつて乗船した時のことを思い出しながら自分のシートに向かいました。
まるで「船のデパート」釜山港 ただよく見ると…!
韓国海洋大学校の練習船「ハンバダ」を横目に沿岸旅客ターミナルを出港すると、右手にHJ重工業の影島(ヨンド)造船所が見えてきます。同社は韓国初の造船所であり、韓国造船業の発祥の地として、艦艇から商船まで数多くの船種を手掛けています。岸壁には韓国海軍の揚陸艦「独島」や海洋警察の新造警備艦「3019」などが接岸していたほか、ドックでは巨大なコンテナ船の建造が進められていました。
クルーズ中、真正面から望む釜山港大橋(深水千翔撮影)
左舷側に目を向けると、再開発が進む北港エリアと海の玄関口である国際旅客ターミナルに接岸している船が目に入ってきます。ここには日本航路に就航しているフェリーや外航クルーズ船が寄港しており、商船三井クルーズの「三井オーシャンフジ」や、パンスターの「パンスターミラクル」(大阪―釜山航路)、関釜フェリーの「はまゆう」(下関―釜山航路)の姿が。奥にはイースタンクルーズの「イースタン・ビーナス」(元ぱしふぃっくびいなす)も停泊しており、さまざまな経歴を持つ船が集まっているのも釜山港ならではの景色と言えるでしょう。影島には船体にキリル文字が書かれている船も多くいました。
韓国第二の都市である釜山の市街地を背に「パンスターグレイス」は、同港のシンボルと言える釜山港大橋をくぐり、新造だけでなく修繕や舶用機器といった海事産業の集積地である影島と、釜山港の発展を象徴するコンテナターミナルの間を進んでいきます。世界最大となる2万4000TEU級に代表されるメガコンテナ船は西側の釜山新港に入るためここでは見ることはできませんが、それでも林立するクレーンと岸壁に並ぶコンテナ船は圧巻です。
高速船時代にはなかった「特等席」
ところで「パンスターグレイス」では低速のクルーズがメインであるため、「クイーンビートル」では難しかった、外に出て景色を眺めるということができます。もちろん雨天時や、高速航行中は閉じられていますが、タイミングが良いと乗組員がデッキに通じるドアを開けてくれます。
3階の展望席であるサンデッキから外へ出られるだけでなく、なんと船首側のドアも開放するため、正面から迫る釜山港大橋の写真を撮ったり、入港作業を間近で観察したりと、いろいろな楽しみ方ができるでしょう。
ズザザアァァーーっと旋回! これがトリマランの本気!
釜山港を出ると景勝地である五六島の沖へと向かいます。五六島は潮の満ち引きによって島の数が5つや6つに見えることから名付けられ、かつては釜山広域市の旗にも使われていました。この五六島沖では船を止め、周囲の景色をゆっくりと眺められる時間が用意されています。
パンスターグレイスはパナマ船籍だった(深水千翔撮影)
この釜山港外は外航客船として建造された「パンスターグレイス」の本領が発揮できるエリアで、波のうねりが激しい中で速力を上げて突き進んでいく様子を楽しめます。方向を変える時は飛行機が旋回する時のような船体の傾きを体感できるのも「パンスターグレイス」に乗船する醍醐味の一つです。
ちなみに船内のF&Bラウンジでは軽食やソフトドリンクだけでなく、ビールも販売しており、座席に座って景色を眺めながらのんびりと過ごすこともできます。
日本でいろいろあった2隻が「奇跡の並び」
復路は来た時と同じルートを辿り、RORO船の「IRIS」が出迎える沿岸旅客ターミナルへ接岸しました。
この「IRIS」も、もとは商船三井フェリー(現・商船三井さんふらわあ)が2019年に導入した「すおう」で、2023年の座礁事故後、韓国にやってきました。同時期にデビューし、日本でいろいろあった「すおう」と「クイーンビートル」が韓国で並ぶとは、思いもよりませんでした。
現在、「パンスターグレイス」は五六島など釜山のランドマークを眺める「釜山東海沿岸クルーズ」、夕焼けに彩られる釜山の景色を楽しむ 「サンセットクルーズ」、海上花火と夜景、ライブパフォーマンスを堪能する 「花火クルーズ」 の運航を行っています。
「釜山東海沿岸クルーズ」ではファーストクラスとビジネスクラスの乗客を対象に、テジクッパ、うなぎの蒲焼きなどで構成した「釜山グルメセット」を予約制で販売しているほか、「サンセットクルーズ」と「花火クルーズ」は週末の金土曜を中心にビュッフェスタイルのディナーを提供する「ディナークルーズ」のプランも用意されています。
パンスターグループは「パンスターグレイス」に大きな期待をかけており、今後は広安大橋や観光地である海雲台など、釜山沿岸の他の場所へも広げていく予定。さらにプライベートパーティー、企業イベント、文化公演などのテーマ型クルーズプログラムを導入し、複合海洋文化プラットフォームとして活用することも計画しています。
かつて日本と韓国を結ぶ新鋭船として活躍するはずだった「クイーンビートル」。船内の魅力的なデザインと設備はほぼそのままに、今度は釜山の魅力を伝える「パンスターグレイス」として動き始めたこの船が、多くの人に愛されることを願っています。
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