東日本大震災から10年――天災・戦災を見つめ続けた作家「吉村昭」をいま振り返る
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「死」と「生」を見つめ続けた作家
2011年3月11日、宮城県牡鹿半島沖を震源とする東日本大震災が発生しました。また、地震発生から約1時間後には福島県にも津波が押し寄せ、東京電力福島第1原発発電所では原子炉を冷却できない事態が発生。 これらにより東日本大震災は未曾有(みぞう)の災害となりました。
震災発生から10年が経過。その間に東北地方を中心に復興は進められました。かつての生活は少しずつ戻ってきていますが、失った大切な家族や友人は戻らないのです。
歳月の経過とともに人々の記憶から震災の記憶が薄れることは仕方がありません。それでも、大切な人を忘れないために、今後の役に立てるべく震災を語り継ごうとする動きが出ることは自然な話です。
作家・吉村昭(1927~2006年)は代表作『戦艦武蔵』などから歴史小説家・戦記作家と見られるむきもあります。しかし、吉村は災害や戦争を通して「死とは何か? 生とは何か?」を問い続けてきた作家でもあるのです。
1896(明治29)年に起きた明治三陸沖地震は、東日本大震災と同じ東北を襲った津波災害として記録されています。三陸沖は明治三陸沖地震後も1933(昭和8)年、1960年と頻繁に地震と津波を繰り返し、そのたびに大きな被害を出しています。また、日本の災害史で後世にも語り継がれる関東大震災は、1923年に発生しています。
東日本大震災発生時に注目された著作
吉村昭は、それらふたつの災害を丹念に調べ、そして記録していきました。
前者は1970年に『海の壁』として発表されました。
震災・津波に被災者の証言を丹念に聞き集めた本作は中公新書から刊行されましたが、『三陸海岸大津波』と改題されて中公文庫で文庫化。さらに、文春文庫から再刊されるなど、世代を超えて幅広く読み継がれています。
同書は、津波のすさまじさや震災の恐怖を余すことなく描き、それを教訓として伝えます。そのため、東日本大震災が発生したときも注目が集まりました。
自身の「ハコモノ」をためらった吉村
吉村は、同書の取材で頻繁に三陸各地を訪ねました。特に『星への旅』の舞台になった岩手県田野畑村には足しげく通っています。
吉村の労を惜しまない取材が評価され、1990(平成2)年には田野畑村の名誉村民となり、そして1996年には吉村昭文学碑が建立されています。『海の壁』につづいて、1973年に刊行した『関東大震災』も災害を後世に語り継ぐ名著になりました。
1927年に生まれた吉村は、1896年の明治三陸沖地震を経験していません。そして、東京が灰じんに帰した1923年の関東大震災も体験していません。
それでも吉村は被災者を訪ね歩き、郷土に埋もれた資料を調査し、当時の被害状況などを克明に著したのです。
また、自然災害ではありませんが、吉村の体験をベースにした『東京の戦争』は戦火で生家を失った喪失感や戦争で兄を失った悲しみといった体験談をもとに戦争と戦禍を描きました。
吉村は荒川区日暮里で生まれ育ったため、荒川区は生前から「記念館をつくりたい」と本人へ打診していました。しかし、吉村は「生きているうちに自分の記念館をつくること」や「税金を使ってまで、自分のためだけのハコモノをつくること」にはためらいがあったようです。
荒川区は吉村の意思を尊重し、記念館の計画を進めることはありませんでした。しかし、荒川区は吉村の文筆活動を世に広めるべく、1992年に吉村の生家に近い日暮里図書館内に吉村の作品や愛用の万年筆などを展示した吉村昭コーナーを開設しています。
本格的な記念館の計画が動き出すのは、2006年に吉村が没してからです。吉村が遺(のこ)した資料や書籍などは、妻であり芥川賞作家でもある津村節子さんから荒川区へと寄託されました。
それらを展示する施設として、荒川区は2017年に複合施設「ゆいの森あらかわ」をオープン。その一画に吉村昭記念文学館が開設されたのです。
吉村の遺志を継いだ津村
東日本大震災から節目の10年。テレビ・新聞・インターネットニュースなど、さまざまなメディアで東日本大震災が取り上げられることになるでしょう。
もちろん、辛い体験がよみがえるから思い出したくないという人もいます。そうした気持ちを抱く被災者に寄り添うことも重要です。
その一方で、当時を知る私たちが後世へ災害を語り継ぎ、次代の防災に生かしていくことは重要な行為です。
吉村は2006年に没したため、東日本大震災を経験していません。しかし、『三陸海岸大津波』が注目されたことや、遺志を継いだ津村さんが三陸を訪問して2013年に『三陸の海』を刊行するなど、吉村が取り組んだ災害や災禍を後世に伝えることは連綿と受け継がれています。
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