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子供の重度聴覚障害、親の発見が遅れた“意外な理由” 「サンタさんは嬉しくない!」幼稚園の行事で娘は…

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  • マイナビウーマン
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生まれつき重度の聴覚障害があり、読唇術で相手の言うことを理解という牧野友香子さん。現在は、株式会社デフサポを立ち上げ、全国の難聴の未就学児の教育支援や親のカウンセリング事業を行いつつ、家族でアメリカで暮らしています。

そんな牧野さんの前向きなマインドについて、著書『耳が聞こえなくたって 聴力0の世界で見つけた私らしい生き方』(KADOKAWA)よりシリーズでお届けします。

今回のお話は幼少期の様子。幼稚園や家庭ではどのように過ごしていたのでしょうか――。

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牧野友香子さんInstagramより

私は、生まれた時から耳が聞こえません。
「どのくらい聞こえないの?」
と聞かれることがありますが、補聴器をつけても、人の声はほぼ聞こえません。
補聴器を外すと、飛行機の轟音も聞こえるか、聞こえないかくらい。
そんな私の会話は手話ではなく、「読唇」といって相手の口の動きを読み取って理解し、自分自身の発音でことばを発する「発話」なんです。
口さえ見えれば会話はできます。つまり、口が見えないとまったく会話ができません。なので、マスクをしている人やヒゲの長い人は私にとっては天敵!

大阪で生まれ育った私は、幼馴染たちと当然のように「一緒に学校に通いたい!」という理由で、ろう学校には行かず、幼稚園、小・中学校は地元の学校に。天王寺高校から、神戸大学に進学し、就職先は第1志望のソニー株式会社へ。

就職で初めて上京し、趣味の合うファンキーな夫と結婚し、めでたく2人の子どもにも恵まれ……と文字で書くと順風満帆なようですが、聞こえない私の人生、そんな順調にいくわけがありません。

学生時代も社会人時代も大変なことだらけでしたが、一番大変だったのは、長女に難病があったこと。
耳が聞こえない上に、難病の子の親になる――。
正直、なんでこんなに人生ハードモードなの!? と恨みました。

聞こえない中での2歳差の姉妹の育児、仕事をしながらの病院通い。でも、複数回にわたる手術に入院と頑張る長女。そして、どうしても我慢の多くなる、“きょうだい児”の次女のしんどさを思うと、親として弱音を吐いてばかりはいられませんでした。
そんな中で長女が2歳、次女が0歳の時に、難聴児を持った親御さんをサポートする「株式会社デフサポ」を立ち上げました。育児の大変さに加え、会社の立ち上げもあり、精神的にも肉体的にも、金銭的にも本当に大変でした。

そして今では子どもたちを連れて家族で渡米。アメリカで生活をしています。
いろいろな意味で“規格外”の私ですが、いいこともそうでないことも含めて、おもしろく読んでいただけたらうれしいです。

みんなと同じだと思ってた

母が言うには、私は赤ちゃんのころから勘がよくて、難聴だとわかる前から、人の口を見て何を言っているか読み取っていたみたいです。
だから、会話が伝わることで難聴に気づいてもらえず、結果的に発見が遅くなったそうです。
「三つ子の魂百まで」のことわざ通り、私は当時から「人としゃべりたい!」という気持ちが強かったのでしょうか、コミュニケーションが大好きだったからこそ、自然と口を読んでいたのかもしれません。

幼稚園のころは、“補聴器をつけている”からみんなと違うと自覚していたけれど、「補聴器をつけて、口を読めばみんなとまったく同じ」だと思っていました。だって友だちもいたし、会話もできるし、得意なこともたくさんあったし、一緒やん!と。

でも、実際は全然違うと気づくのは、もっと先の話。
そして本当は、みんなと同じといっても話すのは全然上手じゃなかった。例えば、時々しか会わない幼稚園の友だちのお父さんやお母さんからは、私が話したことに対して「えっ?なんて言ったの?」とよく聞き返されていました。

でもすごいのが、毎日のように一緒に遊んでいる友だちには、ほとんど聞き返されたことがなくて。耳が慣れるって言うけど、幼稚園のころのお友だちとの会話に、特に支障はありませんでした。

そうそう、ごくたまに、同級生に「なんて言ってるの?わからないんだけど!」と言われると、「いやいや、なんでわからへんの?」と思ってたくらいです。
小さい時は、自分中心に世界が回っているのもあって、「他のお友だちはわかってるのに、なんであの子は聞き取れないんだろ?不思議〜」って感じで。今思えば発音が悪いからやん!ですよね。笑

でも当時のことを思い返してみると、モゴモゴ話す子とか、ボソボソ下を向いて話してしまう子や、後ろからしゃべりかける子とはたしかにそんなに仲良くなかった。
言っていることが、わからなかったんだろうなあ。単純に口の動きが読みにくくて、うまく会話ができなかったからだと、今はわかるんですけどね。当時は、わかっていませんでした。

サンタさんはうれしくないし、鬼は怖くない

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幼稚園時代の牧野さん(本人提供)

幼稚園では、耳が聞こえない子は私だけ。
でも私の記憶の中では、「聞こえなくて困った経験」というのがそれほどないんですよね。先生の指示が聞こえなくても、周りに合わせていればなんとなくできたから。
みんなが靴を履いたら園庭に出るってわかるし、運動会の踊りだって見ていればできる。
そんなふうに周りを見ながら集団行動ができてしまうと、「困ってない」と自分も周りも思ってしまうんです。

もちろん私にとってつまんない時間はたくさんありました。

その筆頭がイベントの時。例えばクリスマス会では、園長先生が本気で仮装してサンタクロース姿で登場したんですけど、ヒゲで口が隠れているから、言っていることがさっぱりわからなかった。
サンタさんがいろんなおもしろい話をしてくれていてみんなが大笑いしているけれど、私は何がおもしろいのかまったくわからなかったっけ。

あと、節分の鬼も何を言っているのか全然わからなかった。
お面だし、言っていることも声の大きさもわからないから、追いかけられて逃げるだけって感じでした。

そう考えると、クリスマスや節分などのイベントの時は、みんなの中で1人だけぼーっとしているしかなかった気がします。
でも、生まれつき聞こえない私からすると、これが当たり前の世界なんですよね。
なので、特別悲しい思い出という感じではなく、わからないのが当たり前で、「そういうもんかな」くらいで。

大きなホールに集まって先生の話を聞く時も、距離が遠すぎて口が見えなくて、なんの話かはわからなかったなあ。
他の子もそんなに真剣に聞いてないから、理解度で言えばたいして変わらなかったかも(その一言で片づけていい問題じゃないけど)。
そういう意味でも、そもそも聞こえる人がどんなふうに聞こえるかを知らなかったんだなあって、大人になって改めて思います。

「聞こえない」けど、「知ってる」し「わかる」

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※画像はイメージです

母いわく、2歳で重度難聴とわかってことばを教え始めた時、「この子が身につけることばは、全部自分にかかっている」とすごく責任を感じたそうです。耳から聞いてことばを知ることができないから、自分が伝えて教えないと、と。
当時はインターネットで調べることもできないし、周りに聴覚障害者がいたわけでもないので、常に試行錯誤の中、私にことばを教えてくれていました。

前項でも話した通り、私は母や父の口の動きを読んでことばを覚えていきました。
物の名前ばかりではなく、天気や日常に溢あふれていることば、「楽しい」「うれしい」などの感情語、「今日は買い物に行ったね」といった文での表現など、ことあるごとに母はさまざまなことばをかけてくれました。
会話の中で自然に教えてくれていたので、私としてはあまり「ことばの勉強」をした自覚はありません。気づいたらいつの間にか話してるし、いろんなことばを知っているという感じでした。
いまだに母が自慢するのは、「あの時の私、本当に記憶力がすごかった!」と。
当時の母は、私が理解していることばを全部把握していたんですって!
日常的に、あえて私が知らないことばを使って話すことで、語彙を増やしていったそうです。

例えば、「母親」のことは「お母さん」「お母さま」「母」「ママ」「おかん」など、いろいろな言い方がありますよね。
もし私が「お母さん」しか知らなかったら、誰かが「ママ」と言った時にそれが「お母さん」のことだとわからない。
同じ意味でも、一つひとつのことばを私にインプットしなくてはならないので、「頭をフル回転させて教えていたな〜、あの時はめっちゃ頭よかったと思うわ!」と言っていました。
両親だけでなく、一緒に住んでいた祖母もいろんなことばを教えてくれたので、けっこうシブいことばも知っていたっけ。いろんな人のことばに触れられたのはよかったかなと思います。

聴覚障害児だから !?  語彙力が高かった

障害のある子がそれぞれの困りごとを減らすための指導を受けることを「療育」というのですが、私は、聴覚障害がわかったすぐ後、3歳くらいから始めました。
療育として通っていたのは、難聴児通園施設と月に1回行く民間のことばの教室。
そして家庭での療育。こんなふうに周りからことばをサポートしてもらっていたおかげで、いろんなことばを知っている幼稚園児になったのかもしれません。

地元の幼稚園に通い出したころには、周りの聞こえる子よりも多くのことばを知っていることもありました。
「節分」とか「七夕」といったことばもすでに知っていたし、幼稚園の先生が「七夕は、誰と誰が会う日でしょう?」とクイズを出すと、われさきに「織姫と彦星!」って答えてましたから。

正直「聞こえない」けど、「知ってる」し「わかる」から、ハンデを感じなかった。むしろいろんなことを知ってる自分に自信があって積極的だったかもしれない。
実際は、コミュニケーションする上でのことばは知らないし、足りないことばはかなり多かったけれど、園生活で私自身がそれを自覚することはありませんでした。
先生の言うことを完全には理解できなくても、口を見て読み取れた単語をつなぎ合わせれば何を言っているかくらいはわかったので、自分はできるんだという自信がありました。

その自信の源には、ことばを知っているということや、聞こえない私のありのままでいいと、愛された環境に置かれていたからだと思います。その自信をつけてくれたのは、まぎれもなく家族です。
私に必要なことを、私に合った形で提供してくれた家族。当時、何もかもが手探りだったはずです。感謝しかありません。
私自身が難病児の母親となった今、家族がいい先輩であり相談相手でもいてくれることを心からありがたいと思っています。

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