国際都市「東京」を生み出した90年代後期の「アジア言語ブーム」とは何だったのか
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去り行く「英語 = 世界共通語」の時代
東京の魅力はさまざまですが、その中のひとつに「学べる言語」の多さが挙げられます。
英語はもちろんのこと、日本人が憧れるフランス語やイタリア語の学校も多く、ビジネスなどで今後重要性が増すであろう中国語・韓国語も同様です。
正確な数を把握するのは難しいですが、アラビア語やヒンディー語、スワヒリ語など、ある程度の話者がいる言語はたいてい東京で学べます。
現代は「英語 = 世界共通語」のような扱いですが、必ずしも流ちょうに話せる日本人が多いというわけではありません。またこれから10年、20年先を考えると、必ずしも英語が世界的に優位であり続けるとは言いきれません。
そのため「新興国の言語を学んでおきたい」という需要に、東京はうってつけの都市と言えるでしょう。
なお歴史のあるアテネ・フランセ(千代田区神田駿河台)は、現存する日本最古のフランス語学校として知られていますが、なぜか古典ギリシャ語とラテン語の教室も開校しているのです。
源流はエスニック料理ブームにあり
そんななか、人気となっているのが東南アジアの言語です。
韓流(はんりゅう)ブーム以来、韓国語教室に女性が多いことはよく知られていますが、近年はタイやベトナム、インドネシアなどの言葉を趣味で学ぶ人も増えています。
前述のようにビジネス目的で学ぶ人も多いのですが、それ以上に多いのが趣味で学ぶ人たちです。
東南アジアの言語を学ぶ人が増加し始めたのは、1990年代後半でした。その背景にあったのが、エスニック料理のブームです。
このブームは1980年代に起こった「激辛ブーム」の延長で、東南アジアの料理は辛いものが多いと話題になり、アジア各国の料理を扱う店が都内に増加します。
鍵となったのは、若い女性と円高
料理に続いて、音楽や映画なども注目を集めるように。1990年代には早くもワールド・ミュージックが人気となります。
「ワールド・ミュージック」は元々、差別的なニュアンスを含んだ「エスニック・ミュージック」という言葉を避けたい民族音楽研究者らが1950年代から使い始めた言葉ですが、この頃には一通りはやった西欧音楽とは異なる、アジアやアフリカなど、あらゆる国の音楽を意味するようになります。
こうして、それまでの「外国から入ってくるもの = 西欧物」という常識に変化が訪れ、加えて円高で気軽に旅行へ出掛ける人が増えたことで、東南アジアの言語を学ぶ人は増えていったのです。
当時出版された『流行観測95-96』(パルコ出版)によれば、東南アジアの言語は特に女性への人気が高く、
「ビジネスとは関係なさそうな若い女性が過半数以上を占めている学校も多い」
と記されています。
とにかく「なんで、この言葉を学びに来ているのだろう」という人が熱心に学習している光景が広がっていました。
ジャッキー・チェンの影響と「香港返還」
とりわけ人気があったのは、古くから日本人旅行者が多かったタイ。次いで、バリ島観光でハマる人が多かったインドネシア語も人気でした。
またベトナム語は、ベトナムが「ドイモイ(刷新)政策」(1986年12月決定)で経済活動を活発化させた時期から急激に人気言語となりました。
そして広東語。広東語は、ジャッキー・チェンの映画などを通じて、日本人にとって「よくわからないけど、なじみのある」言葉でした。しかし、1997(平成9)年の「香港返還」という歴史的イベントを契機に人気となります。
前述のワールドミュージックのブームもあり、イギリスの植民地だった香港に「中国だけど、ひと味違う」音楽があることが知られたのも大きな要因でした。
旅行でハマった人は、趣味とはいえ、途中で諦めることなく本気で習得する人も大勢いたのです。
アジアに対する偏見解消で知り得た独自文化
1990年代の言語ブームがもたらしたのは、当時まだ残っていたアジアに対する偏見の解消です。
戦後に経済発展を遂げた日本では、政情不安が続く発展途上国のアジア諸国に対して偏見を拭えていませんでした。
しかし、アジア言語ブームを経てより深く文化に親しんだり旅行したりする人が増えたことで、独自の文化を持ち経済発展をしているアジア諸国の姿を知ることになったのです。
アジア圏からも多くの人が訪れる国際都市としての東京は、この頃から本格始動したと言えるでしょう。
筆者(星野正子。20世紀研究家)は、新型コロナウイルスの影響で入国者が途絶え閑散とした繁華街を見るたびに、さまざまな国の人が行き交っていた頃の東京の魅力を改めて思い出します。
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