廃線になったはずが…なぜか残る「専用踏切」!? あの「麻生副総裁お膝元」の異色の痕跡を辿る
- 乗りものニュース |

専用線は消えても、専用踏切は今なお現存!
麻生セメント田川工場(福岡県田川市)には、かつて製品などを輸送するための列車の専用線が敷かれていました。今では線路も撤去されていますが、一方で「麻生セメント専用」と名付けられた踏切が現存するなど、その名残を感じさせる部分があります。
麻生セメント田川工場の専用踏切など(鈴木伊玖馬撮影)
田川市は福岡県の中央部に位置します。飯塚市、直方市と並び「筑豊三都」に挙げられ、かつては炭鉱業で栄えた街です。
しかし、戦後にエネルギーの主体が石炭から石油へ移行すると、多くの炭鉱が採算を取れず閉山に追い込まれました。そんな田川市において、今なお大きな存在感を示しているのが、麻生セメントの田川工場です。そしてこの工場には、かつて列車の専用線が敷かれていました。
麻生セメントは、福岡県を基盤とする地域企業・麻生グループの関連企業です。福岡県ではよく知られる名門企業であり、創業家からはかつて総理大臣を務めた麻生太郎議員を輩出しています。
田川工場は1934(昭和9)年に操業を開始。石灰石鉱山に隣接する立地を活かし、90年以上にわたってセメントの生産を続けています。近年では廃プラスチックや下水汚泥などを燃料として活用するなど、効率化にも力を入れています。
この田川工場で生産されたセメントなどを輸送するため、設定されたのが専用線でした。福岡県は炭鉱業の興隆に合わせ、明治時代から鉄道網の整備が積極的に進められていたため、田川工場もその流れに乗ったものと考えられます。
実際、田川工場の入口付近にはJR後藤寺線の船尾駅があり、その線路は田川工場の敷地を縫うように進んでいます。当時、専用線を新たに作ることは比較的容易だったのでしょう。
今では専用線は廃止されており、廃線跡もほとんど残っていません。しかし、筆者(鈴木伊玖馬:乗りもの好きライター)が現地を訪れてみると、その名残を感じられる部分がありました。その痕跡とは、船尾駅からすぐ近くにある踏切です。
「麻生専用」の看板が立つ踏切
どこにでもありそうな普通の踏切なのですが、脇に立つ看板には、はっきりと「ここは麻生専用踏切です」と書かれています。この踏切を渡った先は麻生セメントの敷地になっているため、このような名前が付けられているようです。
国土地理院が提供している1970年代の写真を見ると、この踏切辺りから工場内に向かって線路が引き込まれていたことが確認できます。それを証明するかのように、踏切近くにある建物は、列車の貨物積み下ろしに便利そうな形状をしており、当時の様子をどことなく想像させました。
また、線路の隣にある道路は、セメントの原料となる石灰によって広い範囲が白くなっています。この白さも、工場がこの地で長年稼働してきた歴史を物語っているかのようです。
広大な敷地で稼働を続ける麻生セメント田川工場。今では建物などが古びて見える部分も多いのですが、その巨大な姿はかなりの迫力がありました。それだけに、専用線が現役で稼働していた頃の存在感は、相当なものであったに違いありません。
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