どうせ読むならポイント貯めない?

とりあえず車体に大砲つけばOK!「2階建て戦車」M3が超有能だったワケ「ウチのより使える」と英軍も大満足!?

7,662 YOU
  • 乗りものニュース
  • |

大戦中のアメリカ戦車に、砲を2段重ねで装備した異形の戦車が存在しました。M3と名付けられた戦車は、M4「シャーマン」が本格配備されるまでの中継ぎ的存在でしたが、イギリス軍では重宝されたとか。どこが良かったのでしょうか。

大砲と砲塔、二段式で備えた異形の戦車

 1939年9月、第2次世界大戦が勃発しました。アメリカがまだ中立を保っていた1940年12月末、時の大統領フランクリン・ルーズベルトは、自国を「デモクラシーの兵器工場」と称します。そして、当時としては世界水準を超えたM3中戦車を開発して戦力化。本車は、当時、フランスの休戦にともなって単独でドイツと戦い続けていたイギリスを大いに助けました。

Large figure1 gallery5M3「グラント」中戦車。(柘植優介撮影)。

 イギリスには軍用機や大小さまざまな船舶などとともに、軍用車両も大量に引き渡されましたが、その中に見るからに異形の戦車もありました。M3と呼ばれていたこの車両、車体に大砲を備え、その上に全周旋回が可能な砲塔を搭載するという、いわば「2階建て」と呼べる構造でした。

 一般的な戦車は、平べったい車体に全周旋回式の砲塔を備え、そこに大砲を設置しています。対してM3中戦車は明らかに縦方向に伸びた車体で、右側面に限定旋回式で大砲を装備しています。そして車体上部の砲塔には小口径の戦車砲を備えています。

 なぜ、砲塔に大砲を備えず、このようないびつな造りを採用したのでしょうか。そこには、知られざるアメリカの事情がありました。

 M3中戦車の出自を探るためには、時計の針を第1次世界大戦後の戦間期に戻す必要があります。この頃のアメリカは、不況や軍事費削減の影響に加えて、将来的にどのような戦車が必要かというコンセプトの研究も混乱しており、戦車の開発は低調でした。とはいえ、工業大国ゆえにエンジンや装甲板、無線機器といった、戦車の開発や量産に不可欠な基礎工業力に恵まれているという、国としての強みもありました。そのような状況下、1939年9月にヨーロッパで第2次世界大戦が始まります。

 当初、アメリカは中立を保っていましたが、第1次世界大戦でともに戦ったフランスが早くも降伏し、残されたイギリスも苦戦中。他方で、太平洋方面においては日本との関係悪化も続いており、アメリカもいつ戦乱に巻き込まれるか風雲急を告げる状態でした。そこでアメリカ陸軍は、増加試作の域を出ていなかったM2中戦車の量産を実施しようとします。

M4中戦車がデビューするまでの中継ぎとして

 ところがヨーロッパから伝えられた戦訓の結果、機関銃を9挺も装備するものの、主武装が低威力の37mm砲であるM2では、攻撃力の面で劣っていると判断されてしまいます。小口径の37mm砲では、砲弾が小さいせいで歩兵の支援に不可欠な榴弾の炸薬量が少なく威力不足で、装甲貫徹力も、戦車の重装甲化にともなって早晩、同様に威力不足となることが懸念されたのです。

Large figure2 gallery6M3中戦車を正面から捉えた写真。明らかに車体に備えた大砲の砲座が、車体中心線から飛び出ているのがわかる(画像:アメリカ国立公文書館)。

 そこで白羽の矢が立ったのが75mm砲でした。榴弾も徹甲弾も撃てるこの75mm戦車砲であれば、歩兵支援でも戦車戦でも必要十分な威力を持っているとされ、搭載が検討されるようになります。

 こうして、すでに量産済みで信頼性も担保されているM2の足回りやエンジンを転用し、武装だけを75mm砲搭載に変えた中戦車の開発が始まります。ところが、M3と命名された本車の開発には、ひとつネックがありました。それは、75mmという当時としては大口径の戦車砲が搭載可能な大型の鋳造砲塔と、その砲塔を支えるターレット・リングを造る技術が、当時のアメリカには不足していたことでした。

 とはいえ、イチから設計変更をするとなると、ドイツや日本との戦いに間に合わない恐れがあります。そこで、大幅な設計変更を伴わずに75mm戦車砲を搭載することを検討。とりあえず、75mm砲搭載の大型砲塔は、M3に続くM4中戦車で実装することにして、M3では、暫定的に車体右側に砲座を設け、同砲を搭載することでクリアすることにしたのです。また75mm砲を搭載するため背高になった車体中央の戦闘室の上に、さらに37mm砲を収めた小型の全周旋回砲塔を載せることで、後ろ半分の攻撃に対応するようにしました。

 こうして誕生したからこそ、M3は車体に75mm戦車砲を、砲塔に37mm砲を搭載した「2階建て戦車」として完成したのです。なお、75mm戦車砲は、全周旋回砲塔に搭載されているわけではないので、左右にそれぞれ15度しか射界がなく、上下(俯仰)はプラス20度からマイナス9度でした。

「グラント」と「リー」なぜ2種類あるの?

 言うなれば、M3は「急造戦車」であり、より本格的な構造を持つM4中戦車が本格配備されるまでのリリーフ的存在でした。しかし、「2階建て戦車」としての車高の高さが長所になったこともありました。

Large figure3 gallery72019年5月、ロシアのムルマンスクで行われた対独戦勝記念パレードに参加したM3中戦車。ソ連にも大量に供与された(画像:ロシア国防省)。

 それは、視界が開けた北アフリカの砂漠の戦場では、車長の乗る位置が高いので遠くまで見渡すことができる点です。これは、視野が限られた東南アジアの密林地帯でも同様で、近接攻撃を仕掛けようと近づいてくる敵兵をいち早く発見することができたと言われています。

 一方、短所は背が高いため、遠くから敵に見つけられてしまうという点や、75mm戦車砲が車体に搭載されているため、戦車壕を掘って車高を低くしての待ち伏せなどができないことなどでした。

 このように、M3はアメリカの優れた基礎工業力に支えられた信頼性の高い戦車であるうえ、出現当時は世界水準の性能を備えていたため、北アフリカで苦戦を続けるイギリス軍を支え、同地に上陸して初めてドイツ軍との地上戦を戦ったアメリカ軍でも使われました。さらにソ連に送られた本車も、ドイツ軍との戦いで健闘しています。

 しかし75mm戦車砲を搭載した大型旋回砲塔を備えるM4「シャーマン」中戦車が登場すると、M3は徐々に第一線から外れて戦車回収車や火砲牽引車など特殊用途の車両に改造されました。とはいえ高い車高が評価されて、ビルマ戦域では終戦近くまで、一部でM3が第一線で活躍しています。

 なお、M3には「グラント」と呼ばれたモデルと、「リー」と呼ばれたモデルの2種類が存在します。「グラント」は砲塔後部に無線機を搭載するなど、イギリス軍規格で改修を加えたM3を、アメリカ南北戦争時の名将で後に大統領にもなった人物(グラント)にちなんで命名。その後、レンドリース法によりアメリカ軍規格のM3が大量に供給されるようになると、同じく南北戦争時代の南軍の名将(リー)にちなんで「リー」と命名したからです。

 両者は、砲塔形状以外はほぼ同じなため、イギリス軍でもそこまで区別して使っていたわけではありませんでした。のちに、これらの名称は、アメリカ軍にもフィードバックされています。

実は損している?

ニュースを読んでポイントが貯まるサービスがあるのを知っていますか?ポイントサイトのECナビでは好きなニュースを読んでポイントを貯めることができるのです。(※ECナビはPeXの姉妹サイトです。)今日読んだニュースが実はお小遣いになるとしたら、ちょっと嬉しいですよね。

ポイントの貯め方はニュースを読む以外にも、アンケート回答や日々のネットショッピングなど多数あるので、好きな貯め方でOK!無料で登録できてすぐに利用できます。貯まったポイントはPeXを通じて現金やAmazonギフトカードなどに交換できます。

運営実績も15年以上!700万人以上の方がポイントを貯めています。毎日好きなニュースを読んでお小遣いを貯めてみませんか?

YOUの気持ち聞かせてよ!

いいね いいね
ムカムカ ムカムカ
悲しい 悲しい
ふ〜ん ふ〜ん
NEWS一覧へ
PeXポイントで賞品を当てよう!

ポイント ポイント獲得の流れ

ポイント獲得の流れ

ポイント ルール・注意事項

ポイント獲得!!