「農業用トラクターです」箱を開けたらT-34!? ソ連の傑作戦車の原型を“アメリカから輸出”した男
- 乗りものニュース |
第2次世界大戦時のソ連で傑作と呼ばれた戦車がT-34ですが、実はこれ、アメリカ人発明家が秘かに売り込んだ試作車を元にして完成したものでした。ましてや売り込んだ当時は大戦前、アメリカはソ連を国家承認していなかった頃です。
ソ連の傑作戦車T-34はアメリカ生まれ?
「今思えばソ連に売り込んだことが良かったのか。後悔している」
こう語ったとされるアメリカ人発明家ジョン・ウォルター・クリスティがソ連に売り込んだのは、「クリスティ型戦車」とも呼ばれる試作戦車です。これをソ連が発展させて、第2次大戦に登場した傑作戦車T-34につながっていきました。
現在も稼働状態にあるT-34/85。記念行事などに参加している(画像:ロシア国防省)。
T-34は戦後も長く使われ、生産台数は6万両以上にもなる大ベストセラーです。攻撃力、防御力、機動力のバランスが良く、かつ使い勝手も良かったのが傑作といわれる所以ですが、機動力を支えたのがクリスティの開発したクリスティ型サスペンション。大きな転輪が外見上の特徴で、走破性に優れで高速走行にも適していました。
クリスティはユニークなアイデアマンであり、1909(明治42)年には斬新な前方エンジン前輪駆動(FF駆動)の自動車を開発していました。ユニーク過ぎたのか一般化はしませんでしたが、消防用蒸気ポンプトラクターとして成功を収めました。
第1次大戦が始まると、このFF駆動を応用して自走できる砲をアメリカ陸軍に提案しますが、クリスティの発明家らしい頑固さで陸軍の要求仕様と折り合えず、かえって両者の関係は悪化してしまいます。
第1次大戦後、クリスティは戦車を騎兵のように使うべきと考えます。高速戦車の開発に没頭すると、接地する大型転輪を駆動することで履帯なしでも走行可能なM1928という試作戦車を完成させました。当時の戦車は最高30~40km/hがせいぜいでしたが、M1928は履帯を外した装輪状態で111.4km/h、履帯を巻いた装軌状態で68.5km/hという驚異的な記録を出します。陸上自衛隊10式戦車の最高速度70km/hと同等レベルです。
日本にも売り込み “日本戦車の父”へ接触
クリスティは、M1928が「時代の12年は先を行っている」と主張し、非公式にはM1940とも呼んでいたとか。しかしアメリカ陸軍は、戦車には装甲と火力を重視して歩兵を援護する役割を求めており、高速であれ防御の貧弱なM1928はニーズと異なっていました。先に紹介したFF駆動自走砲のアイデアなど、クリスティのこだわりはどうもアメリカ陸軍には受けが悪かったようです。
一方で関心を示したのが陸軍の騎兵評価委員会で、メンバーには後にアメリカ軍戦車部隊指揮官として有名になるジョージ・S・パットン中佐もいました。
アメリカ陸軍は結局、M1928の改良型M1931を研究用に7両購入して騎兵隊に配備したのみでした。クリスティはさらに外国へ販路を求め、ポーランド、ソ連、イギリスが関心を示すと、かなりグレーな商談を展開しています。
日本にも売り込みがあり、日本戦車の父ともいわれる原 乙未生(とみお)大尉が1932(昭和7)年1月にアバディーン性能試験場で実車を視察しましたが、貧弱と評価されたうえ機械的トラブルもあり、購入には至りませんでした。またドイツからのアプローチは断っていたようです。
なお、ポーランド軍事工学研究所(WIBI)が1929(昭和4)年にM1928を1両発注し、納期を90日後として前払金を支払いましたが、クリスティは契約条件が履行できず訴訟となり、前払金は返金されたため、M1928はポーランドには引き渡されませんでした。
アメリカ陸軍第1騎兵連隊に配備されたM1931(コンバットカーT1)(パブリックドメイン)。
イギリスでは、陸軍省がM1928の購入とライセンス権取得の商談を始めますが、肝心の完成車に抵当権が設定されて売却できない事態に。抵当権抹消の費用も加算することで何とか妥結したものの、今度はアメリカ政府が軍事機密であるとして輸出を禁止してしまいます。
そこで「農業用トラクター」として書類が作られ、車体は戦車だと分からないくらい細かく分解。「グレープフルーツ」とマークされた木箱に入れられてイギリスに輸送されたのです。
しかしイギリスで組み立てて検証してみると欠点も多く見つかったため、一部の特徴は残されたものの再設計されます。これがMk III(A13)となり、後の巡航戦車シリーズにつながっていきます。
ソ連にはどうやって接触?
ソ連との商談もスパイ小説もどきなのか、単に手続きが雑だったのか分からない展開でした。当時アメリカはソ連を国家として承認しておらず、ソ連がニューヨークに置いた通商代表部AMTORG(アムトルグ)が唯一の窓口でしたが、ここは諜報機関の機能もありました。
アメリカ国務省はソ連との商取引は自己責任というスタンスでしたが、軍需品の取引は禁止していました。それでもアムトルグはクリスティの試作戦車の入手を企図し、1930(昭和5)年4月にM1931の2両を6万ドル(当時レートで約20万円)、スペアパーツ類を4000ドルで購入する契約を結びます。さらに10年間のソ連国内での生産、販売、使用の権利も取得します。
アメリカ陸軍へのM1931の販売額は1両3万4500ドル(当時レートで約11万5000円)でしたので割安だったといえますが、世界恐慌の最中であったことも考慮する必要がありそうです。参考までに日本陸軍の八九式中戦車は、1939(昭和14)年の取得価格で22万7200円でした。
2両のM1931も農業用トラクターとして書類が作られ、国務省や陸軍省の承認なしでソ連に輸出されます。秘匿工作が功を奏したのか、商取引は自己責任ということで単にチェックが甘かったのか、真相は闇の中です。
クリスティ型サスペンションで履帯を巻き、最高68.5km/hを出した試作戦車M1928(パブリックドメイン)。
第2次大戦でソ連は、アメリカからレンドリース・プログラムで軍需品の供給を受ける関係になりますが、クリスティが「ソ連に売りこんだことを後悔している」と述べたのは、将来の米ソ対立を予感していたのでしょうか。あるいは、大活躍する戦車のアイデアを安売りしすぎたと思ったのかもしれません。クリスティは終戦を待たず、1944(昭和19)年1月11日にひっそりと亡くなりました。
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