「航空機を飛ばさず“拷問”します」英国が造った“ブッ飛び発想”の巨大施設…その目的は? 実は「超万能」でした
- 乗りものニュース |

巨大な扉を閉めれば、そこは高度2万mの世界
巨大な扉を閉め、内部の空気を抜き、気温をマイナス65度まで下げる。さらに雪や吹雪まで浴びせる――。イギリスのブルックランズ博物館には、航空機を飛ばさずに高高度の過酷な環境へ追い込んだ、巨大な“航空機拷問室”が残されています。
ブルックランズ博物館に残るストラトスフィア・チェンバー。内部にはヴァンガードの貨物型マーチャントマンの機首部分が収められている(布留川 司撮影)。
そのルックスはまるで潜水艦の船体を切り取ったような巨大な円筒のよう。これは直径約7.6m、長さ約15.2mの施設で、正式名称は「ストラトスフィア・チェンバー」、日本語では「成層圏試験室」と訳せる大型の環境試験設備です。
この施設は、翼や模型へ風を当てて揚力などを調べる一般的な風洞とは異なります。まず航空機や装備品を円筒の中へ運び入れ、レールに沿って動く巨大な扉を閉じて内部を密閉します。ポンプで空気を抜くことで、地上とは全く異なる環境を造り出すのです。
再現できたのは、高度約7万フィート(約2万1300m)に相当する低圧状態です。内部の気圧を海面上の約20分の1まで下げられたほか、気温はマイナス65度からプラス60度まで変化させることが可能でした。さらに風や雨、雪、氷結、吹雪まで発生させることができたといいます。
高高度では気温も気圧も地上と大きく異なるため、極寒でも機器が正常に働くか、雪や氷が作動を妨げないか、与圧した客室から空気が漏れないかといった問題を、危険な試験飛行の前に地上で調べるための施設でした。
この大胆な施設を発案したのは、反跳爆弾などの開発で知られるイギリスの技術者バーンズ・ウォリスです。第二次世界大戦後の1946年、将来の高速・高高度飛行を研究するために建設されました。「コンピューターで高高度を再現できないなら、地上に高高度の環境そのものを造ればいい」。そんな発想から生まれた、実物大の「環境シミュレーター」だったのです。
戦闘機を丸ごと収容! なぜ漁船まで試した?
ストラトスフィア・チェンバーが特に珍しいのは、小さな部品だけでなく、航空機そのものを収容できた点にあります。実際に内部へ入れられた機体のひとつが、2基のジェットエンジンを備えた大型艦上戦闘機、デ・ハビランド「シー・ヴィクセン」です。このクラスの軍用機まで丸ごと収容し、低温や低圧の環境にさらすことができました。
もっとも、“航空機拷問室”といっても、機体を壊すことが目的ではありません。あくまで過酷な環境でも機体や搭載装備が正常に働くかを確認し、飛行中に起こりうる不具合を地上で発見するための試験でした。
軍用機だけでなく、戦後のイギリス旅客機開発にも活用されました。ターボプロップ旅客機のヴィッカース「バイカウント」や「ヴァンガード」、ジェット旅客機「VC10」では、与圧客室などの試験が行われています。旅客機は高高度で客室の気圧を保つ必要があり、胴体や窓には大きな気圧差が加わります。そうした状態で機体が正常に機能するかを地上で確かめたのです。
そして驚くべきことに、この航空機用施設では漁船まで試験されました。北海などの寒冷な海では、波しぶきが凍り付いて船の重心が高くなり、安定性を失う危険があります。そこで、吹雪や氷結を人工的に造れるチェンバーを使い、漁船への着氷の影響が調べられたのです。このほか、ディーゼルエンジンや海軍砲、防寒服なども試験対象となりました。
ストラトスフィア・チェンバーは1980年まで使用されました。画面の中ではなく、巨大な鉄の筒へ実物を入れ、空気を抜き、凍らせる。ブルックランズに残るこの施設は、未知の空へ挑むためにイギリスが造った、何とも大がかりな“航空機拷問室”だったのです。
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