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幸運? 強運!?「戦後も残った旧日本海軍の軍艦3選」旧日本海軍の艦艇らしからぬ“新たな任務”を担い現存している船も

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  • 乗りものニュース
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終戦までに殆ど沈んだ艦艇…それでも生き残りはいた!

 1945(昭和20)年8月15日、日本は降伏し第二次世界大戦は終わりますが、このとき日本海軍に残っていた艦艇は、戦艦、空母、巡洋艦などの主力艦のほか補助艦艇である駆逐艦、潜水艦、さらに海防艦などの小型艦艇を合わせてもわずか150隻といわれています。開戦時に海軍は、主力艦と補助艦艇だけでも230隻を超える数を保有していたので、絶望的といえる状況です。

Large figure1 gallery11駆逐艦「雪風」(画像:パブリックドメイン)

 この生き残った艦艇の中には、戦後も国内外で様々な任務についた艦艇があります。その中でも有名な艦艇を3隻を紹介します。

海軍屈指の強運艦として映画の題材にもなった駆逐艦「雪風」

 終戦80周年となる2025(令和7)年8月15日に公開された映画『雪風 YUKIKAZE』でも話題をなった同艦は、1939(昭和14)年3月24日に進水し、太平洋戦争中、アメリカを相手とした主要な海戦の数々に参加しながらも大きな損害を受けることなく、最後まで戦い抜いた駆逐艦です。

 初陣は1941(昭和16)年12月、フィリピン中部のレガスピー攻略における上陸作戦の支援でした。その後、インドネシア、ミッドウェー、南太平洋、ガダルカナル、マリアナ、レイテと各地を転戦し、1945(昭和20)年4月7日には、戦艦「大和」の海上特攻にも参加。ここでも、沈没した他艦の生存者を収容して生き延びます。

 終戦を迎えると、ほぼ無傷だった「雪風」は復員船となり、太平洋各地の島々に残された復員兵の収容に向かいます。このとき、片腕を失いながらも幸運にも生き延び、後に『ゲゲゲの鬼太郎』などを生み出す漫画家となる水木しげるさんも、ラバウルで収容しています。

 復員船としての任務を終えた後は、戦争賠償艦として当時の中華民国に引き渡されます。艦名を「丹陽(タンヤン)」に改めた後、中華人民共和国と中華民国の間で続いていた国共内戦に参加。1959(昭和34)年8月3日には、中国人民解放海軍の艦艇2隻と交戦し、うち1隻を撃沈しています。

 1965(昭和40)年12月16日に退役。一時は日本への里帰りの可能性も噂されていましたが、結局は解体され、1971(昭和46)年12月8日、舵輪と錨が日本に返還されました。

実は現存する唯一の旧海軍艦艇! 南極観測船の「宗谷」

 現存する唯一の旧日本海軍艦艇を経験した船でもある「宗谷」は、ソ連向けの耐氷型貨物船として建造され、紆余曲折を経て、旧日本海軍の特務艦「宗谷」として戦争を経験します。

Large figure2 gallery10東京国際クルーズターミナル近くで展示される「宗谷」(乗りものニュース編集部撮影)

 同艦は、日本海軍が戦時中に運用した艦艇の中でも、かなり幸運な艦として知られています。1942(昭和17)年1月、トラック諸島でB-24の空襲を受けますが、無傷でこれをくぐり抜けました。また、1943(昭和18)年1月28日には、南太平洋のブカ島(現・パプアニューギニア)クイーン・カロライン沖で敵潜水艦から魚雷を発射されるも、不発に終わって難を逃れたというエピソードもあります。

 さらに、1944(昭和19)年2月17日と18日のトラック島空襲では、座礁して総員退艦の命令が出され、一時放棄されます。しかし、空襲後に戻ってみると、なぜか離礁して浮いており、艦を確認しに戻った乗組員を涙させたといわれています。

 終戦は日本本土で石炭輸送船として迎え、その後は引き揚げ船としても使用されます。しかし、その後、同艦には大きな仕事が待っていました。南極観測です。

 1955(昭和30)年11月、新造船を建造する余裕のなかった日本政府は、当時、海上保安庁所属だった「そうや」を南極観測船「宗谷」に改修し、南極への航海に送り出します。

 南極観測船に抜擢された理由には、砕氷機能を備えた貴重な船だったことに加え、どんな過酷な環境でも「宗谷」ならきっと帰ってきてくれるという、その強運もあったといわれています。

 なお、2023年現在、「宗谷」は旧日本海軍に軍籍があった艦艇の中で、唯一水上に浮かぶ「船」として現存しています。それ以外では、工作物として保存されている戦艦「三笠」しか、旧日本海軍の艦艇は日本に現存していません。

終戦時に唯一航行可能な戦艦として残された「長門」

 1919(大正8)年11月9日に進水した戦艦「長門」は、戦後に「大和」が有名になるまでは、日本で最もよく知られた軍艦の一つであり、長らく連合艦隊旗艦を務めた海軍の顔でもありました。一時期は、同型艦の「陸奥」、イギリスのネルソン級「ネルソン」「ロドニー」、アメリカのコロラド級「コロラド」「メリーランド」「ウェストバージニア」とともに「ビッグ7」とも呼ばれました。

Large figure3 gallery8戦艦「長門」(画像:アメリカ海軍)

 戦時中はミッドウェー海戦やマリアナ沖海戦にも参加しましたが、直接戦闘に参加することはありませんでした。1944(昭和19)年10月20日から25日にかけて行われたレイテ沖海戦が、初めて敵艦隊と砲火を交える任務となります。この海戦で「長門」は、空母艦載機による波状攻撃を受けるも致命的なダメージは負わず、敵の護衛空母艦隊を相手に主砲を発射する経験もします。

 その後は、旧日本海軍の消耗が限界に達し、艦隊単位での行動をとれなくなっていたため、戦艦でありながら人員輸送や給油活動に従事するという状況になりました。1945(昭和20)年7月18日には横須賀で空襲を受け、爆弾が命中して艦橋が破壊されますが、自力での航行はまだ可能でした。しかし、ほどなく戦争が終結したため、修理されることなくそのまま放置されることになります。

 終戦時、「長門」は日本海軍が保有していた戦艦の中で、唯一、航行可能な艦となっていました。1945(昭和20)年8月30日にアメリカ軍に接収され、1946(昭和21)年3月18日には、アメリカ軍による核実験「クロスロード作戦」に標的艦として参加するため、ビキニ環礁へ送られました。

 「長門」は同年7月1日に行われた実験を耐え抜いたものの、25日に行われた2度目の実験では、核爆弾の水中爆発によって大きな損傷を受けます。その後、7月28日深夜から29日未明にかけて浸水が進み、沈没しました。

 ちなみに、「長門」の軍艦旗は接収時にアメリカ海軍軍人が持ち帰りましたが、後に発見され、俳優の石坂浩二さんが1000万円でアメリカから買い戻しました。現在は大和ミュージアムに展示されています。

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