「富士山頂の巨大レーダー」どう運んだ? ブルドーザーでさえ“高山病”、 壮絶極めた”大輸送作戦”とは
- 乗りものニュース |

なぜ富士山頂に巨大レーダーを造った?
標高3776mの富士山頂に、500トンを超える資材を運んで巨大なレーダーを造る――。そんな大工事が約60年前に行われました。そこで活躍したのが、ブルドーザーとヘリコプターです。しかもブルドーザーによる輸送は、現在の富士山にも受け継がれています。
富士山レーダードーム館。山頂から移設された実物のドームを展示する(布留川 司撮影)。
山梨県富士吉田市にある「富士山レーダードーム館」には、巨大な白いドームが展示されています。これは1964(昭和39)年、富士山頂に完成した「富士山レーダー」で実際に使われていたものです。
そもそも、なぜ日本で最も高い富士山の頂上に、わざわざ巨大なレーダーを造ったのでしょうか。背景にあったのが、1950年代に日本を相次いで襲った大型台風です。特に1959(昭和34)年に発生した伊勢湾台風は甚大な被害をもたらしました。当時は現在のような気象衛星による観測網がなく、太平洋から接近する台風を少しでも早く捉えることが大きな課題でした。
そこで考えられたのが、「日本で一番高い場所から見ればいい」という、ある意味では非常にシンプルな方法です。レーダーは高い場所に置くほど、地球の丸みに邪魔されず遠くまで見通せます。こうして富士山頂に建設されたレーダーは、半径約800kmという当時世界最大の観測範囲を持ち、当時、世界最高所に設置された気象レーダーにもなりました。
しかし、ここで大問題が生じます。レーダーを置くには最高の場所でも、工事をするには最悪に近い場所だったからです。標高3776mでは空気が薄く、天候は急変し、猛烈な風も吹きます。工事ができる期間も夏を中心としたわずかな期間だけ。それにもかかわらず、運び上げなければならない建設資材は500トンを超えました。その大量輸送を可能にした最初の「乗りもの」が、ブルドーザーだったのです。
人も馬も限界! ならばブルドーザーで登れ
富士山では古くから、山小屋などへの物資輸送を人や馬が担ってきました。富士山レーダーの建設でもこうした方法が使われましたが、巨大施設の建設となれば運ぶ量も資材の大きさも桁違いであり、従来の方法だけでは限界がありました。
そこで導入されたのがブルドーザーです。とはいえ、現在のような山頂へ続くブルドーザー用道路が最初から存在したわけではありません。火山礫に覆われた富士山を、ブルドーザーで輸送ルートそのものを切り開きながら登っていったのです。
しかも、高所では人間だけでなく機械まで苦しめられました。標高が上がれば空気中の酸素が少なくなります。ディーゼルエンジンも燃料をうまく燃焼できなくなり、登山試験ではブルドーザーが黒煙を吐きました。エンジンへの負担も大きく、いわばブルドーザーまで“高山病”になったような状態です。
それでも試験を重ね、ブルドーザーは最終的に山頂まで到達。大量の資材を限られた工期で運ぶための重要な輸送手段となりました。そして、この方法は巨大レーダーを完成させて終わりではありませんでした。
富士山ではその後、ブルドーザー用道路を使った荷揚げが定着。現在でも登山者が歩く道とは別のルートをブルドーザーが走り、山小屋で必要となる食料や飲料などを運んでいます。約60年前、富士山レーダーという前代未聞の建設工事をきっかけに本格化した輸送方法が、現在の富士山にも受け継がれているわけです。
ただし、そんなブルドーザーでも運べないものがありました。富士山レーダーを象徴する、巨大な「レーダードーム」です。
620kgもある巨大ドーム「ヘリで丸ごと運べ!」
レーダーアンテナを覆うドームは、富士山頂の猛烈な風に耐えなければなりません。求められたのは風速100mにも耐える強度。それでいて、内部から発射するレーダー電波を邪魔しない構造にする必要もありました。
富士山頂にあったレーダー施設を再現した模型。山頂での施設配置が分かる(布留川 司撮影)。
完成したドームの骨組みは重量約620kg。しかも精密な構造物のため、細かく分解して運び、空気の薄い山頂で再び組み立てるのは困難でした。そこで出てきたのが、「組み上げたドームの骨組みをヘリコプターで丸ごと吊り上げてしまおう」という案です。
ところが、またしても富士山の高さが問題となります。空気が薄い高所では、ヘリコプターも十分な揚力を得るのが難しく、約620kgあるドームの骨組みをそのまま山頂まで運ぶのは簡単ではありませんでした。
輸送に使われたヘリコプターは、アメリカのシコルスキー社が開発したS-62です。重量に余裕のない輸送フライトとなるため、少しでも機体を軽くしようと、床板や内装など不要な装備を取り外し、搭載する燃料も必要最低限まで減らされました。S-62は本来は2名で操縦する機体ですが、ドーム輸送時には機長だけで操縦し、副操縦士は搭乗せず、その座席すら撤去されました。
機体の性能だけでなく、富士山頂特有の気流も難題です。操縦を担当した神田真三氏は、旧海軍航空隊出身で遭難救助などの経験も持つベテランパイロットでしたが、その技術をもってしても輸送飛行は容易なものではありませんでした。
ドームの輸送が実施されたのは1964年8月15日です。ただ山頂まで運べばよいわけではなく、建設中の建物に設けられた台座の上へ、巨大な骨組みを正確に降ろす必要がありました。重量に余裕のないヘリコプターで行う極めて難しい作業でしたが、輸送は無事に成功します。
こうして地上からブルドーザー、空からヘリコプターという2つの乗りものに支えられ、富士山レーダーは1964年に完成しました。運用を開始して間もなく台風が富士山を直撃し、風速計が秒速94mを記録するほどの暴風に襲われましたが、レーダー施設は見事に耐え抜きました。その後、富士山レーダーは35年間にわたって台風などの観測に活躍します。
現在、その巨大なドームは麓の富士山レーダードーム館で保存されています。約800km先の台風を見つけるため、日本で最も高い場所に造られた巨大レーダー。その大事業を実現させたのは最先端の電子技術だけではありません。山を登ったブルドーザーと、限界に挑んで空を飛んだヘリコプターという、2つの「乗りもの」もまた、昭和の大偉業を支えた主役だったのです。
実は損している?
ニュースを読んでポイントが貯まるサービスがあるのを知っていますか?ポイントサイトのECナビでは好きなニュースを読んでポイントを貯めることができるのです。(※ECナビはPeXの姉妹サイトです。)今日読んだニュースが実はお小遣いになるとしたら、ちょっと嬉しいですよね。
ポイントの貯め方はニュースを読む以外にも、アンケート回答や日々のネットショッピングなど多数あるので、好きな貯め方でOK!無料で登録できてすぐに利用できます。貯まったポイントはPeXを通じて現金やAmazonギフトカードなどに交換できます。
運営実績も15年以上!700万人以上の方がポイントを貯めています。毎日好きなニュースを読んでお小遣いを貯めてみませんか?
簡単無料登録はこちらYOUの気持ち聞かせてよ!
| いいね | ![]() |
|
|---|---|---|
| ムカムカ | ![]() |
|
| 悲しい | ![]() |
|
| ふ〜ん | ![]() |







