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テディベアの元ネタは「乗りものオタク!?」陸・海・空の乗りものに“史上初”を刻み続けた“超アクティブ大統領”の伝説

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潜水艦に乗って潜航した初めての大統領

 クマのぬいぐるみの代名詞といえる「テディベア」。その「テディ」とは、アメリカ第26代大統領のセオドア・ルーズベルトの愛称が由来と言われています。

Large figure1 gallery10自動車の上から市民に向かって帽子を振るセオドア・ルーズベルト大統領(当時)(画像:アメリカ議会図書館)

 彼は、就任時の年齢が42歳であり、その記録はアメリカ史上最年少(第2位はケネディの43歳)として、今も破られていません。このように若く、活動的だったルーズベルトは、さまざまな新しい取り組みをし、多くの「大統領として史上初」を記録しています。その中でも、乗りものに限った史上初のケースをいくつかご紹介しましょう。

 ルーズベルトが大統領職にあった1901年~1909年は、乗りものの世界で新しいものが生まれる時代でもありました。1907年~1909年に世界一周航海を果たした「グレート・ホワイト・フリート」こと大西洋艦隊に代表されるアメリカ海軍では、新たに「潜水艦」という艦種が誕生しています。

 アメリカ海軍初の潜水艦「ホランド」が就役したのは1900年ですが、同艦は1隻だけ造られた実験艦のような存在でした。さらに一歩進め、より実用的な潜水艦の運用を模索するべく、海軍は「ホランド」の拡大改良型として7隻の潜水艦を建造し、1903年から次々と就役させます。

 1番艦の名をとって、のちにプランジャー級と呼ばれるようになったこれらの潜水艦は、最大150フィート(約46m)の水深まで潜航でき、水中速力は7ノット(約13km/h)という性能を持っていました。全長は20m足らずというコンパクトさで、魚雷発射管は18インチ(約450mm)サイズのもの1門のみ。乗員は、艦長のほか6名で操艦するようになっています。

 ルーズベルト大統領(当時)は、この潜水艦というものに興味を示し、視察がてら搭乗してみようと考えました。そして1905年8月22日の午後、ルーズベルトの自宅があるニューヨーク、ロングアイランド沖のオイスター湾に回航させた「プランジャー」に乗り込むことになったのです。

 大統領を乗せた「プランジャー」は海上を航行するだけでなく、実際に潜って水中航行も実施しました。その際「ポーポイジング」と呼ばれる、イルカのように急速潜航と急速浮上を繰り返す動きも披露したといいます。

 およそ3時間半に及ぶ大統領乗艦中、潜航時間は最大深度20フィート(約6m)で50分ほど。その間、艦長のチャールズ・ネルソン大尉による解説で、乗組員の一糸乱れぬ動きを視察したと伝えられています。

自動車に乗って移動した初の大統領

 このほかルーズベルト大統領は1906年9月に、この年6月に就役したばかりの最新鋭戦艦「ルイジアナ」に乗り、当時建設中だったパナマ運河の視察にも出かけています。アメリカ大統領が任期中、国外に出るのはこれが史上初のことでした。

Large figure2 gallery11アメリカ海軍の潜水艦プランジャー(画像:アメリカ海軍)

 また、20世紀初頭は、新たな陸上の乗り物として自動車が使われるようになった時代でした。アメリカ大統領としては、ルーズベルトの先代にあたる第25代のウィリアム・マッキンリーが初めて自動車に乗っていますが、これは試乗という意味合いが強く、本格的に移動手段として使ったわけではなかったようです。

 当時、大統領の移動手段としては馬車か鉄道(大統領専用列車/USカー・ナンバーワン)が用いられていました。ルーズベルトも主に馬車と鉄道を利用していましたが、1902年8月22日にコネチカット州ハートフォードに出向いた際、自動車に乗って移動しました。これがアメリカ大統領として、初めて自動車で移動した例です。

 大統領のハートフォード訪問を伝える当時の新聞記事によると、車列の先頭にルーズベルトの乗る自動車がいて、その後ろに20台ほどの馬車が続いたとあります。大名行列のような雰囲気であったことがうかがえます。

 これはニューイングランド地方(メイン州、ニューハンプシャー州、バーモント州、マサチューセッツ州、ロードアイランド州、コネチカット州)を歴訪する一連の公務であり、ルーズベルト大統領は自動車のほか、自身が保有するヨット「シルフ」や鉄道、汽船を移動手段として使っています。

 なお、このときルーズベルト大統領の姿を見ようと、沿道などに20万人ほどの観衆が詰めかけたそうです。

 1909年に2期8年の任期を終えたルーズベルトでしたが、当時は慣習でしかなかった「大統領は2期まで」という制限を破り、3期目を目指して1912年の大統領選に向け、所属していた共和党を離れて新党を作り、立候補しました。この選挙運動中、今度は発明されたばかりの飛行機に乗り、空を飛ぶことになります。

飛行機に乗った初の大統領経験者

 ルーズベルトが飛行機に乗ることになったのは1910年10月11日のことでした。選挙運動のためミズーリ州セントルイスを訪れていたルーズベルトは、市内でライト兄弟の飛行機が飛んでいることを知り、足を伸ばします。

Large figure3 gallery12ライト・モデルBに乗り込んだセオドア・ルーズベルト(左)。右はパイロットのアーチボルド・ホクシー(画像:アメリカ議会図書館)

 そこでは、ライト兄弟の設立した飛行機製造会社「ライト社」が組織した飛行デモンストレーションチーム「ライト・エキシビション・チーム」に所属するアーチボルド・ホクシーが、当時のライト社最新モデル「ライト・モデルB」でデモンストレーション飛行をしていました。

 空を飛ぶ飛行機の姿を目の当たりにしたルーズベルトは、「試しに乗って飛んでみませんか」と声をかけられます。最初は断っていたルーズベルトでしたが、ホクシーの誘いに乗り、彼の操縦する飛行機に乗ることになりました。

 飛行機とはいっても、この「ライト・モデルB」は、主翼の上に座席が2つ並んでいるだけで、体を固定するシートベルトといった安全装具はついていません。前方にある棒に足をかけて踏ん張り、骨組みを握って体を支えるのみです。もちろんパラシュートもありません。

 それでもルーズベルトは飛行機に乗り込み、ホクシーの操縦で空を舞いました。アメリカ議会図書館に残されている、このときを撮影した映像を見ると、ルーズベルトを乗せた飛行機はただ飛ぶだけでなく、急降下と急上昇を繰り返す「スタント飛行」もしていることが確認できます。前年まで大統領だった人物を乗せているにもかかわらず、ホクシーは随分と大胆な人物であったようです。

 大統領経験者として、初めて飛行機での飛行を体験したルーズベルトは、着陸後「素晴らしい!(Bully!)」と激賞したと伝わっています。このとき52歳だった彼にとって、空を飛ぶということは、これまでにない感動だったようです。

 なお、1912年の大統領選ですが、ルーズベルトが立候補したことにより共和党の支持層が二分され、漁夫の利を得る形で民主党のウッドロウ・ウィルソンが第28代大統領に選出されました。

 陸・海・空と新しい乗りものをいち早く経験したセオドア・ルーズベルトは、非常に進歩的かつ好奇心旺盛だったことがうかがえます。ちょうど乗りものの変革期を迎えていた世の中に、ぴったりな人物であったといえるでしょう。

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