エスカレーター「片側空け」は本当にマナー? 「急ぐ一人」から「全員への配慮」へ変わる新常識【マナー専門家が解説】
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エスカレーターで片側を空けるのは本当にマナー?(画像はイメージ)
2026年7月21日から8月31日まで、全国の鉄道事業者58社局・7団体や商業施設、自治体などが共同で、「エスカレーター『歩かず立ち止まろう』キャンペーン」を実施しています。
長年、日本では「急いでいる人のために片側を空ける」という習慣が定着してきました。そのため現在でも、「片側を空けるのがマナーでは?」「立ち止まっていたら後ろの人に迷惑なのでは?」と考える人は少なくありません。しかし、鉄道各社は現在、「1列でも2列でも歩かず立ち止まる」ことを呼び掛けています。
では、そもそも「片側空け」は本当にマナーなのでしょうか。「マナーとは相手の立場に立つこと」を基本に企業でのコミュニケーション、ハラスメント研修やNHK大河ドラマ「龍馬伝」などのマナー指導を手掛け、多くのメディアで「真心マナー」を提唱するマナー解説者の西出ひろ子さんに、「安全」と「マナー」の両面から聞きました。
「型」を守るより「安全が第一」
Q.そもそも、エスカレーターの「片側空け」はマナーなのでしょうか。
西出さん「私は、『片側を空ける』という“型”そのものがマナーなのではないと考えます。マナーで最も大切なのは、『相手の立場に立ち、お互いが安全に、安心して、気持ちよく過ごせるようにすること』だからです。『急いでいる人のために片側を空ける』という行為は、一つの思いやりとしてその気持ち自体を否定する必要はありません。
しかし現在は、エスカレーター上を歩くことによる転倒や接触の危険性が指摘され、さらに、身体的な事情から左右どちらか一方の手すりにしかつかまれない方がいらっしゃることも分かっています。
そうであるならば、今、優先すべきなのは『今までの型』ではなく、安全です。私は、常々『マナーの型より、何より安全が第一』だと伝えています。社会や環境が変われば、マナーの形も変わってよいのです」
Q.「急いでいる人のために片側を空ける」という考え方は、思いやりではないのでしょうか。
西出さん「もちろん、『急いでいる人のために道を譲ろう』という気持ちは、相手を思うところから始まっています。しかし、ここで考えることは、一人への配慮によって、別の誰かが困っていないかどうかです。
例えば、体の事情で右側の手すりにしかつかまれない人がいるとします。ところが、『右側は歩く人のために空ける場所』という暗黙の了解があれば、その人は本来立ちたい場所に立ちにくくなってしまいます。
外見だけでは分からない障がいやけがを負われている方々もいらっしゃいます。ですから、これから必要なのは、『急ぐ一人への配慮』から『そこにいるすべての人への配慮』への発想の転換だと考えます」
なぜ「片側空け」は日本の習慣になったのか?
Q.そもそも「片側空け」は、いつから日本の“マナー”になったのでしょうか。
西出さん「片側空けは、ロンドンでエスカレーターの右側に立つ習慣が生まれたことが背景にあるとされています。右側に立つ理由は、1911年に設置されたエスカレーターの構造と右利きの人が多く、手すりにつかまりやすかったから、という説があります。
日本では1960年代後半、大阪の阪急梅田駅、現在の大阪梅田駅で広まったことが一つの起源とされています。当時は、『お急ぎの方々のために左側を空ける』といった趣旨の案内がなされ、右側に立って左側を空ける習慣が広がっていったということです。
一方、東京では1980年代後半ごろから見られるようになり、左側に立って右側を空けるということが自然発生したと言われています。このように『海外で行われていること』『みんながやっているから、これがマナーだ』などの認識が広がっていったのでしょう。
しかし、『みんながやっていること』と『本当に相手を思いやるマナー』は、必ずしも同じではないということです。時代が変わり、安全に関する新しい知見が得られれば、『今までの常識』を見直すことも必要です」
Q.「列で立った方が輸送量が増える」というデータもあります。「急ぐために空ける」という理屈についてはどう考えますか。
西出さん「『歩ける場所を一列つくった方が効率的』と考える人もいらっしゃると思います。しかし、片側だけに立つ人が集中すると、その側には長い列ができ、一方の側は十分に使われないことがあります。
ここで考えたいのは、『私一人が早く進めるか』ではなく、『そこにいる人たち全体が、安全に円滑に移動できるか』ということです。公共の場所ですから、自分だけの時間短縮を優先するのではなく、全体の安全と円滑さを考えることも大切なマナーです。
どうしても急いでいる場合には、可能であれば階段を使う、あるいは少し時間に余裕を持って行動するなどの対処法があります。『自分の「急いでいる」を、他人に負担させない』ことも、大切なマナーだと考えます」
同調圧力と「責められたくない」心理
Q.なぜ、これだけ「歩かず立ち止まろう」と呼びかけられても、片側空けがなくならないのでしょうか。
西出さん「ここには、『暗黙のマナー』が持つ同調圧力があるのではないでしょうか。人は必ずしも、『これが正しい』と考えているから行動しているわけではありません。『みんながやっているから』『自分だけ違うと目立つから』『後ろの人に迷惑と思われたくないから』という理由で行動することもありますね。
例えば右側に立ち止まりたいと思っていても、『後ろから舌打ちされたらどうしよう』『怒られたら怖い』と思えば、仕方なく左側へ移る方々もいらっしゃるでしょう。
そうなると片側空けは、『正しいから守っている習慣』ではなく、『責められたくないから従っている習慣』になってしまいます。これは、本来のマナーの本質から外れます。
一方で、『今は立ち止まるのが正しいのだから』と、片側を空けている人や歩いている人を攻撃することにも賛成しません。マナーは、人を裁くための道具ではないからです。社会の習慣が変わるには時間がかかります。お互いを責めるのではなく、新しい安全な習慣を少しずつ広げていくことが大切なのではないでしょうか。
ただ、もともとエスカレーターは本来、両側に立ってそのまま移動するための乗り物として作られたと思いますから『元の姿に戻しましょう』ということになるのかもしれませんね」
Q.条例化して「立ち止まること」を求める自治体もあります。この動きをどう評価しますか。
西出さん「安全第一ですから、良い動きだと思います。『今まではこうだった』ではなく、『今は安全のため、こういう利用方法が求められています』と社会に明確なメッセージを出すことは、意識を変えるきっかけになります。
ただし、マナーの観点から最終的に理想とするのは、『条例があるから立ち止まる社会』ではなく、『相手の安全を考えれば自然と立ち止まれる社会』です。ルールだから仕方なく守るのではなく、『こちらの方がみんなが安全ですね』『この方が安心して利用できますね』と考えて、自分自身で行動を選んでいく。それがマナーの理想だと思います」
Q.最後に、読者が明日からできることを教えてください。
西出さん「まずは『エスカレーターでは歩かず、左右どちら側でも立ち止まる』ことです。そして、前の人が自分の進みたい場所に立っていても、急かさないことです。その人には、外見からは分からない事情があるかもしれません。右側の手すりにしかつかまれないのかもしれませんし、けがをされているのかもしれません。体調が悪いことも考えられます。
私たちは、目の前の人の事情をすべて知ることはできません。だからこそ、『もしかすると、何か事情があるのかもしれない』と想像することです。企業の研修や講演などでも『相手の立場に立つというマナーに想像力は大切で、想像したことを実際の行動に移すことが大切』だと伝えています。
今回の問題で、何よりお伝えしたいのは、『マナーの型より、何より安全が第一』ということです。昔からの形を守ることがマナーなのではありません。人の命、安全、安心を守るためにマナーがあります。
かつて良かれと思って行っていたことも、先述のように『急ぐ一人への配慮』から、『そこにいるすべての人への配慮』へと考えを転換させましょう。時代や状況が変われば、思いやりの形も変わって良いのです」
オトナンサー編集部
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