塀の向こうに日本の蒸気機関車!? ←見せてもらいました! 往年の「傑作ディーゼルカー」も来ているハズ、どこに?
- 乗りものニュース |

タイ国鉄のマッカサン工場はバンコクの都市部に存在し、客車、気動車、機関車の整備を行う中枢です。工場内には戦時中の日本から渡ったC56形蒸気機関車の姿も。特別に見学させてもらいました。
ビルや民家の中にあるタイ国鉄の中枢
タイ国鉄(SRT=State Railway of Thailand)は4044kmの路線網を有しており、バンコクの首都圏高架鉄道「レッドライン」「ダークレッドライン」を除いて全路線が非電化で、電化路線の地下鉄やエアポートリンクなどは別会社です。
1957年近畿車両製のタイ向け貴賓車ARS型1号。隣に連結するのは、元・寝台特急「あさかぜ」用荷物合造車オハネフ25形(マッカサン工場、許可を得て撮影)
旅客車両は気動車とディーゼル機関車牽引の客車列車で、その多くが輸入車両です。製造国は日本、中国、韓国、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツ。レッドラインの電車を除き、大掛かりな車両整備は、バンコクの都市部に構えるマッカサン工場で行われています。
スワンナプーム空港から高架線のエアポートリンクに乗車すると、マッカサン駅へ到着します。高架下には国鉄東線の線路があり、東線に隣接してマッカサン工場があります。工場の周囲は家々からオフィスビルまで建ち並ぶにぎやかな都市部で、繁華街のアソークからもそう離れていません。ここにタイ国鉄の車両管理の中枢があり、客車、機関車、気動車の検査と整備を行っています。
マッカサン工場はタイ国鉄と共に歩んできました。タイ国鉄の始まりは1897年に開通したバンコク・フワランポーン~アユタヤ間です。ゆえに、その区間の開通式が執り行われた3月26日は、鉄道記念日となっています。
フワランポーン駅構内には鉄道工場も隣接していましたが、輸送量増加により駅が手狭となったことで、駅を改良するために現在地へ移転しました。日本でも新橋停車場の構内に開設された工場が大井町へ移転しましたが、その経緯とどこか似ているようにも思えます。マッカサン工場は1907年に建設を開始し、1910年に操業開始しました。現在地へ移転してから、2025年で115年が経ちます。
太平洋戦争中に渡った日本の蒸気機関車
ところで、タイ国鉄は日本の車両と長く深いつながりがあります。古くは太平洋戦争中に日本から渡ったC56形や、戦中から戦後にかけて導入されたミカド形などの蒸気機関車、1950年代からタイ向けに製造された客車や一般形気動車です。現在でも非冷房一般形客車(2等車、3等車)と3等気動車は、日本メーカーが製造したタイ国鉄向け車両が第一線で活躍しており、日本の中古車の例としては、ブルートレインこと14系と24系客車も、一部の定期列車と季節臨時運行に活躍しています。
客車と気動車担当工場の前に並ぶ車両。左から3等客車、荷物車、韓国大宇製ADR型特急気動車、東急車輛製ATR型と思しき車両(マッカサン工場、許可を得て撮影)
タイ国鉄の車両は、鉄道開通黎明期より輸入に頼ってきましたが、1961(昭和36)年からは客車と貨車の製造がマッカサン工場で開始されました。台車類は輸入品に頼ったものの、国産の鉄道車両が誕生したのはタイ鉄道史のトピックです。
しかし車両の国産化は長く続かず、1984(昭和59)年で製造は中止となりました。原因は、工場での車両製造が小ロットで割高となってしまったこと。以後、現在まで車両は外国製を輸入しています。
タイ向けの輸出車両は、新車であれば最初からタイ国鉄の1000mmゲージ規格で造られますが、中古ではそうはいきません。日本製の中古車は1990年代後半から輸入していますが、すべて車体を整備する際に軌間を変える改造を行っています。
マッカサン工場はまさにその拠点です。中古車両では日本の1067mm軌間を改軌し、車体側は連結面、塗装、車内設備などをタイ国鉄仕様へと替えたのち、各路線へ配属されます。
マッカサン工場は東線のマッカサン駅と壁ひとつ隔てています。工場見学は簡単にできるかといえばそんなことはなく、アポなしで行くと門前払いされてしまいます。今回は特別に見学させていただきましたが、工場内の作業光景は撮影禁止でした。
マッカサン駅のホームから壁越しに垣間見える車両は廃車体が多く、どれも気になる存在ですが、筆者(吉永陽一:写真作家)が一番注目したのはC56形蒸気機関車です。太平洋戦争で日本から輸送されたうちの1両で、塚本和也著の『遥かなりC56』によると、タイ国鉄での車番は733、C56 41号機。筆者が2011(平成23)年に訪タイした折にも見かけました。近年に詰所を設けたためか、以前よりも若干西側へ移動させられているようです。タイ国内に保存されているC56形の中でも、滅多に見ることができない1両となっています。
いざ、工場内部へ
工場は機関車、客車、気動車と建屋が分かれており、トラバーサが4基備わっています。最も古い建物は1922年築のレンガ棟で、現在は倉庫ですが、以前は蒸気機関車の整備場でした。その隣には王国らしい存在として、タイ王室専用の車両、いわゆる御料車が保管されています。
レンガ棟の最も古い建物の横では、御料編成が丁重に保管されていた(マッカサン工場、許可を得て撮影)
見学した建屋では、日本で製造されたタイ向けの一般形気動車や、JR北海道から譲渡された特急気動車のキハ182形が整備中でした。台車、車体、機関部、連結器、ブレーキなど、整備エリアはレーン別に分かれており、車輪の圧入などは別の工場で行っています。
さて、日本の中古車両が整備されているというと、日本人の鉄道ファンであれば気になる車両として、キハ40系と48系の存在が挙げられるでしょう。
これらはJR東日本の秋田地区を走っていた車両で、タイへ陸揚げされてから長らくレムチャバン港で放置されていました。いよいよ整備に向けて動き出すことがタイ国鉄で決まり、レムチャバン港において3月半ばに車体から台車を外し、先行して台車のみ貨車へ積み込んで、工場へ運ばれました。改軌作業を終えた台車は再びレムチャバン港へ戻して車体へ取り付け、日本の甲種輸送のように機関車牽引でマッカサン工場へ回送されます。
近々キハ40系と48系が工場入りすると思われ、修理と改修が終わり次第、営業運用に就く予定とのことです。どのような仕様になるのかは、これからの楽しみとなります。
マッカサン工場はイチ旅行者にとって見学のハードルが高く、趣味でフラッと訪れるのは困難です。しかし2024年10月には、工場を一般開放のうえハロウィンイベントを開催し、遺棄された車両を“怖く”仕上げて来場者の目を楽しませました。東線に沿うように留置されている車両は事故車や廃車体が目立ちますが、敷地の中程には歴代の車両が美しいまま保存されています。
また工場では、年末に仏教行事タンブン(喜捨)があり、僧侶の読経と托鉢が行われます。周辺に住む人々も多く訪れて、生活用品や飲食物などを僧侶へ捧げ、年末の工場はにぎやかなひと時を迎えます。その姿は地域に根付いた存在に見えます。マッカサン工場はタイ国鉄の中枢として、これからも活躍していくことでしょう。
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