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「傷つきたくない」私たちが、それでも誰かと生きる意味。三宅香帆『「夫婦」不在社会』が問いかける“修復”という選択肢

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傷つきたくない。期待したくない。できることなら、面倒な感情に時間を奪われたくないし、心に波風を立てたくない。恋愛も人間関係も、合わなければ離れればいい。連絡先を消して、SNSをブロックして、また次の誰かを探すことだってできる。今を生きる私たちは、以前よりずっと「関係から降りる」選択肢を簡単に取れるようになった。

一方で、結婚やパートナーシップは、簡単には割り切れない関係のなかで、誰かと生活を共にすることでもある。時には傷つけ、傷つけられ、それでも同じ方向を向いて歩いていけるよう、関係をつくり直していく。

しかし、そんなパートナーシップの葛藤は、これまで物語の中で十分に語られてきたのだろうか。文芸評論家・三宅香帆さんの新著『「夫婦」不在社会』が着目するのは、そんな“夫婦の物語”の不在だ。本書では、文芸評論家として数々の作品に触れてきた三宅さんが時代ごとの作品に描かれた夫婦の物語をたどりながら、現代のパートナーシップが抱える問題を浮かび上がらせていく。

一人でも生きていける時代に、それでも誰かと生きたいと思ったとき、私たちはどう関係を築いていけばいいのか。『「夫婦」不在社会』を手がかりに、傷つきたくない時代の恋愛と夫婦、そして誰かとの関係に時間をかけることの意味を、三宅さんに聞いた。

■「傷つきたくない」時代に、誰かと関係を築くということ

――本書では「傷つけ合うこと」と、その後の「修復」の重要性について指摘されています。一方、現代の恋愛では、傷つく前に次の人へ行くことも容易になりました。こうした「傷つきたくない」という心理を、三宅さんはどう捉えていますか?

基本的に人は傷つきたくないし、私自身も傷つきたくないと思っています。だから、傷つかずに済む方法があるなら、そのほうがいい。ただ、夫婦のような近しい関係では、どうしても傷つけ合ってしまうことがあります。

そのとき、「傷つくこともある」と思っている状態で傷つくのと、「傷つくはずじゃなかったのに傷ついてしまった」と感じるのとでは、全然違う気がするんです。

だからこそ、夫婦や近しい関係では、「傷つくこともあるのかもしれない」と、ある程度思っておくことが大事なのかもしれません。心の準備ができているかどうかで、受け止め方も変わってくると思います。

――今は、法律婚をしなくても、パートナーがいなくても生きやすい時代になっています。そんな中で、あえて傷つけ合う可能性もあるパートナーシップを築くことには、どんな意味があるのでしょうか?

私は、意味は全然ないと思っているんです。この本を出しているので誤解されやすいところだと思うんですけど、パートナーはいてもいなくてもいい、その選択は個人の自由であるべきだと考えています。なので、「パートナーがいなくてもいい世の中で、パートナーシップを築く意味はありますか?」と聞かれたら、本当に「ない」と答えます。

ただ、一方で「子どもを産みたいから結婚したい」とか、「好きな人ができたから一緒にいたい」とか、そもそもパートナーシップを築きたいと思った人に対しては、こういう関係性の築き方ができるのではないかと提案している感じですね。ですので、推奨派ではないのです。

――本の中でも、「いろいろな形があっていい」ということが書かれていたのが印象的でした。

逆に言うと、一人で生きていくことで、いろいろな人との関係性を築けることもあると私は思うんですよね。どちらのほうが傷つく可能性があるかは、人によると思います。一人でも、パートナーがいても、どちらにしてもいろいろな意味があるんじゃないかなと思います。いろいろな人と関係を結ぶものなので、関わる相手の割合が違う、という話なのかなと思ったりしますね。

■「夫婦」という関係にも、時間をかける必要がある

――読んでいて印象的だったのが、「夫婦」という関係そのものに、私たちは思っている以上に時間をかけてこなかったのではないか、という視点です。三宅さんは、今の社会における「夫婦」をどのように捉えていますか?

夫婦というものが、あまりにも「傷つかないもの」だったり、子どもを育てることに比べて、夫婦の関係性はそこまで難しくないというか、あまり時間をかけなくていいものだと社会から思われているんじゃないかな、と私は思っています。

でも、物語を読んでいくと、子どもがいなくても「夫婦である」というだけで、そもそも結構大変なことを書いている小説が多いんですよね。

一人よりパートナーがいるほうが大変とか、子どもがいる・いないのどちらが大変ということでも全然なくて。一人でいても、パートナーがいても、どちらも傷ついたりする可能性はあるのでは、くらいに思っています。

――子育てには時間をかけても、「夫婦でいること」に時間をかける意識はあまりないのかもしれません。最近は「相手に期待しない」「諦めたほうが楽」とも言われますが、なぜ私たちは夫婦関係に時間をかけることを避けるようになったのでしょうか。

やっぱり「時間がかかる」と思ってしまうんじゃないかな。諦めたり、「この人はこういう人だから」と考えたりすると、結局、自分の時間を自分でコントロールできる気がしてくると思うんですよね。そうなると、自分の時間の使い方として「無駄な時間を使っていない」感じがする。その違いもあるのかなと思います。

働き方改革が進んでいると言っても、まだまだ「時間が足りない」という人が多いと思うので、この本をきっかけに「実は夫婦にも時間が大事なのでは」ということが広まっていくといいなと思います。

――「夫婦にも時間が必要」ということ自体が、もっと当たり前になっていく必要があるのかもしれませんね。ただ、「時間をかけることが大事」とわかっていても、実際にはなかなか時間を取れずに悩む人も多いですよね。

私自身も、実はそこがわからなくて、この本を書き終えたところがあります。「時間をかけるのが大事」と自分でも書いたものの、「じゃあ、どうすればいいのか」というところはすごく難しい。社会が変わるしかないのでは、という気持ちになったりもします。

例えば、いまの日本の会社で「子どもの運動会があるので先に帰ります」と言われても何も思わないけど、「夫婦でご飯を食べに行くので先に帰ります」と言われると、「めっちゃ仲いいな」と思われそうな感じになりますよね。でも、「そういう努力も必要だよね」と言える社会になっていくと、また変わるのかなと思います。

――時間を取ること以外に、仕事と家庭を上手く分けるために意識できることはありますか?

仕事とプライベートで言葉遣いが同じになりすぎていないかな、と気にしてみることですかね。もちろん、全く違う人になるわけではなくて、みんなグラデーションの中で言葉を使っていると思うんですけど、仕事っぽい言葉遣いに侵食されすぎると、自分の時間まで仕事っぽくなってしまうと思うんです。

本の中でも書きましたが、家庭は仕事ではないのに、家庭でも仕事っぽい言葉遣いを使いたくなってしまうことって結構ある気がします。だから、言葉遣いを「プライベートモード」と「仕事モード」で少し分けることは大事なんじゃないかなと思います。

■「話し合い」だけが、関係を深める方法ではない

――三宅さんはご夫婦でよく議論すると別のインタビューでお話しされていましたが、やはり時間をかけて議論することは大切なのでしょうか?

私は、議論することが理想だとは思っていないんです。私は言葉を使うことが好きなほうなので議論が好きなんですけど、自分の思いを言葉で伝えることが得意じゃない人もいっぱいいると思うんですよね。その人たちにとって、本当に議論が一番いいのかというと、そうではない。

例えば、料理を作るほうが気持ちが伝わる人もいるかもしれないし、プレゼントだったり、一緒に旅行に行ったりするほうがいい人もいる。いろいろなコミュニケーションの形があると思います。どちらかというと、お互いの好きなコミュニケーションの形が揃うと、一番ハッピーなのかなと思いますね。

――とはいえ、気持ちを言葉にする必要がある場面もあります。言語化が苦手な人は、どこから始めるといいと思いますか?

お互いについて直接話すのではなく、同じ映画を観たり、同じ本を読んだりして、それについて話すといいと思います。一対一で何の共通点もない状態だと話すのが難しくても、「感想」という形だったら意見を言いやすい、話しやすいという人は意外といるんじゃないかなと。

全然知らない人同士でも、同じものを食べたら「おいしいですね」と言い合えたりするじゃないですか。だから、「何かについて話す」というところから始めるのも一つの方法なのかなと思います。

それから、いろいろな本や映画の感想を、普段から言葉にしておくことは結構大事かもしれません。普段からいろいろメモしておくと、いざというときに言葉が出やすくなるんじゃないかなと思いますね。

――実際にご夫婦で話し合うときに、大事にしていることはありますか?

疲れたら寝る、とか(笑)。「夫婦の悩みは翌日に持ち越さない」「喧嘩は翌日に持ち越さない」みたいなことも言われますけど、「そんなの無理じゃない?」と思うんです。当日中に解決を図るほうが大変じゃないか、と。

だから、その日のうちに無理に解決を目指さない。変に何かの結論を出そうとしないことも、大事かもと思っています。偉そうなこと言えた立場ではないんですけど。

――ライフプランやパートナーとの関係について悩む人が多い、アラサーの働く女性に本書を届けるとしたら、どんなふうに読んでもらいたいですか?

答えを出すのではなく、「一緒に悩む」ための本なので、「自分にもこういうことがあったのかな」と自分自身の話として考えて読んでいただけるとうれしいです。それこそ、この本を読んで、夫婦の時間をとって話すきっかけになればいいなと思います。

――ありがとうございました。

『「夫婦」不在社会』は、結婚やパートナーシップを正解として差し出す本ではない。ただ、この本を読んで一緒に悩み、パートナーとの間に置いて「私はこう思った」「あなたはどう?」と感想という形で話せば、普段は言葉にできない思いも、少しだけ伝えやすくなるかもしれない。

話してもわかり合えない夜があり、ときには傷つけ合う。それでもまた、ご飯を食べ、同じものを見て、言葉を交わす。関係を深めるとは、すべてを理解し合うことではなく、曖昧な感情を抱えたままでも、相手と向き合うことをやめないことなのかもしれない。

人との関係にまでタイパを求めたくなる時代に、答えの出ないものに時間を使う。『「夫婦」不在社会』は、そんな少し不器用な営みの価値を、もう一度考えさせてくれる一冊だった。

三宅香帆 著『「夫婦」不在社会』(講談社)

価格:1,320円
ページ数:240ページ
https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000425632

(取材・文:瑞姫、撮影:大嶋千尋、編集:錦織絵梨奈/マイナビウーマン編集部)

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